第4章 05


 僕がドアの前でしゃがんだまま動けないでいるとふいにそのドアが開く。

 僕が慌てて立ち上がったものだから中から出てきた人と鉢合わせになるみたいな格好になって、その人のあんまりびっくりしたような顔を見ているとなんだか立ち聞きしとったように思われてるんじゃないかと気付いてものすごく悪いことしたような気分になる。居たたまれなくなって僕はくるりと背を向けて一目散に元来た道を戻った。

「あっ、在有さんっっ」

 後ろで焦ったように僕を呼ぶ声が聞こえたけどまるで何も聞こえなかったかのように後ろを振り向きもしなかった。がむしゃらに走って何度となく迷って、なんとか元居た部屋にたどり着きドアをパタンと閉めた瞬間に足ががくがくしてドアを背にずるずると座り込んだ。

 もう立てなかった。

 顔を両手で覆い現実を遮断しようと試みる。それはどうしてもうまく行かなくて、あの時あの部屋から聞こえてきた言葉が耳の中で反響してる。僕の名前は一度も言われへんかったけど、施設で起こったことが事細かにニュースで流れていた。僕の、誰にも知られたくないことが、僕のことを知る人ならきっと誰のことかわかるやろって流れ方してた。まるで絵巻物のようにいろんなことがフラッシュバックして、急に激しい吐き気と恐怖が僕を襲ってきて、体が自分の意志ではどうしようもないくらいにがたがたと小刻みに震えだした。自分をぎゅっと抱きしめて大丈夫だと言い聞かせてみるけれど、意志に反して震えは止まらない。





 どれくらい時間が経ったんか、ドアの外に人の気配を感じて僕は震えたままの体を固くした。

「在有?」

と静かにお兄ちゃんの声が呼びかける。決して僕に害を加える声やない。それはわかってるのに、恐怖に固まった僕にはそれが安心できる声なのかどうかすら判断できなくて一層体を固くした。このドアを開けた途端にあの思い出したくもない悪夢が再現されるような気がして、それは途方もない恐怖となって僕に襲いかかってきた。

「……や、だっっ」

 なんとか無理矢理に言葉にする。言葉にした途端、僕の心は耐えきれなくなって目の前が真っ白になった。





【在有の部屋】

 ドンッと物音がドアの外まで響き、軍嗣は思わず眉をしかめる。後ろに控えていた桂也はまるで自分が悪いことをしたかのように泣きそうな顔になる。

「桂也、事務所にこの部屋の鍵があるはずやから取ってきてくれ」

 軍嗣の比較的落ち着いた声を聞き弾かれたように

「はいっ」

と階下へかけて行く。どんな体勢から倒れ込んだのかはわからない。怪我などしていなければいいが…… 軍嗣は落ち着かない気分で、鍵を待った。それは永遠にも感じる程の長い時間でバタバタと桂也の足音が聞こえた時、柄にもなくホッと溜め息吐き自分が緊張していたことを思い知る。

「兄貴、これっ」

 桂也の息の切らし具合でそんなに時は経っていないことを知る。桂也に遅れて古賀も現れ、

「軍嗣さん」

と心配そうに声をかけてくる。軍嗣は受け取った鍵でドアをあけそっと引く。少しづつ開けていくうちに在有の体も倒れ込むようについてきて、座り込んだまま意識を飛ばしたことを知る。それだったらそんなに酷くどこかをぶつけたりはしていないだろう。軍嗣はそっと在有を抱き上げた。眉間に皺をよせて蒼白な顔をしている。

「大丈夫ですか、ね……」

 その白い顔を見た桂也が思わずと言った感じで呟くのを聞く。大丈夫だと言って桂也を安心させてやりたいのに、その大丈夫と言う言葉が出てこない。

「大丈夫ですよ」

 まるで軍嗣に諭すかのように古賀が代わりに答える。その言葉に救われるように頷いて軍嗣はそっと在有をベッドに寝かせた。泣きそうな桂也の顔に、まだまだ自分は強くならないといけないと決意しながら。

「こいつが目醒ますまでついてるから、古賀、桂也、後は頼む」

「はい」

 古賀は桂也を促して静かにドアを閉めた。





 穏やかな時が流れている。

 在有は決して穏やかな寝顔を見せているわけではないのに、それでも部屋の中を穏やかな時が流れていた。軍嗣はそっと在有の布団をかけ直し傍らに椅子を持ってきて座り、在有の小さな頭を撫でる。心穏やかに過ごせる日が一日でも早く訪れるようにと願い、希望を込めながらいつまでもいつまでもその頭を撫で続けた。



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