第4章 04


 チュンチュンと、長閑に雀の鳴く声が聞こえて僕は目が覚めた。自分の知らない部屋。僕はとっさにここがどこだかわからなかった。淡いクリーム色の壁に木製の焦げ茶の家具が落ち着いた雰囲気を醸し出している。カーテンは少し黄みがかったやっぱりクリーム色で、太陽の光を透かして穏やかな朝を連想させる。

 あったかい部屋。それが僕のこの部屋の第一印象だった。だけど僕には何故自分がそこにいるのかわからなくて、少しの間考え込む。

 もぞりと起き上がりふとパジャマを見れば見たこともない黒のスエットで着心地が柔らかくてますます混乱する。昨日お父さんが来て、僕は施設を出た。それからなんだか訳が分からないまま宴会に参加して…… 僕の記憶はそのへんから曖昧で、

『あっ……寝ちゃったんや』

と気付く。

 それやったらここはお父さんの家かなと納得して、閑静なところなんやとぼんやりと考えた。周りを見回しても僕が施設から持ってきた鞄はどこにも見当たらへん。それどころか、昨日途中で買ってもらった服の入った紙袋もない。どうしよう…… せっかく買ってもらったのに……

 僕はあまりの申し訳なさに少しばかり落ち込んでそして途方にくれた。だってパジャマのまま施設の部屋から出ることってなかったんやもん。なかったって言うより、朝目が覚めて一人ってこともあんまりなかったような気がする。だから僕はこのままパジャマで部屋を出ていいのかすらわかんない。だけど、どうすることもできなくて、そろっとベッドから降りて、部屋のドアをそっと開けて様子を窺う。

 物音一つ、人の声一つせずシンとしている。まるでこの世界に誰一人としていないような、そんな静けさがどこまでも続いている。僕はなんだか急に怖くなって部屋から出ることを躊躇した。言い知れぬ不安を胸にドアからこそっと覗く世界は見事に人一人いなくて、僕は次第に不安より好奇心が大きくなることを押さえられへんかった。

 そっとドキドキしながら足を踏み出しシンとした廊下を歩く。裸足に床の冷たさが気持ちいい。ぺたぺたと、僕の足音だけが聞こえて三つほど部屋をやり過ごし、下へ降りる階段を見つけた。少しためらった後、僕にとっての冒険はやっぱりやめられなくて階段をゆっくり降り始めた。

 朝の陽射しがあまりに優しいから、足を踏み出す気になれたのかもしれない。それとも天と地ほども違う環境の変化のせいかな? ……でも一番大きいんは安心感に包まれるような不思議な感覚やと思う。お父さんやお兄ちゃんに僕はすごく安心してたんやと思う。もちろん、少し不安もあったんやけど。

 うわぁあ。

 階段を降りたら目の前にはすごい綺麗な庭が広がってて、僕は思わず心の中で感嘆の声を挙げた。すっごく綺麗。ちょうど額のように抜いた窓ガラスを通して絵のように日本庭園が造られてる。もっともそれが日本庭園だって知ったんはもっとあとのことやったけど。

 思わず立ち尽くした僕やったけど、ふと我に返り違和感を感じた。やっぱり物音一つせんで、静かやねん。どうしてかわからない不安と小さな興味が、

『あっ、冒険してたんやった』

って思い出させてくれた。僕はきょろきょろと辺りを見渡したあと、なんとなく明るいような気がした方に足を進めた。特に何かがあるわけじゃないけどとにかく広い家だと言うことだけはわかる。歩き回って、もう元の部屋にも戻れないや、って漠然と頭をよぎった時、始めて人の気配を感じた。

 騒がしく話ししているわけでもなく、微かに声が漏れてる程度だけど、ようやく人がいたって思ったら肩の力が抜けるような気がした。ホッとしてドアに手をかけた僕は中から洩れ聞こえてくる声に手を引っ込めた。ニュースかな…… 女の人の声で、『聖和の家』とか『性的虐待』とか『逮捕』とか言ってるのが聞こえてきたから。僕は、あそこで自分に起こったことは誰も知らんと思ってた。絶対に、誰にも知られたない思ってたんや。お父さんにだって、お兄ちゃんにだって。それやのに僕の知られたくない永遠の秘密は、僕の知らないところで暴かれてる……





 不意に、

『お前が悪いんや』

ってずっと言われてきた言葉を思い出した。こんなに幸せを感じる朝なのに。
誰かが僕の耳元で囁く。

「お前が悪いんや」

って。耳を塞いでしゃがみこむ。だけどその言葉から逃げられる訳もなく、僕は体をぎゅっと丸めて何もかもから身を守ろうと小さく小さくなった。

 ほんとはこの場から逃げ出したかったのに、それすら出来やんで……



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