第4章 03


 お兄ちゃんが前に座ってくれたおかげで、僕はその長い宴会の間寂しいと感じる時間がなかった。次々に紹介される人の名前を覚えるのに必死になりすぎてパニックになったり、話しをにこにこして聞いていたり。 ……もっとも話の内容はほとんどわからなかったけど。せっかくこんなにゆっくりした時間やのに僕はだんだん眠くなってきて、もったいないなぁと思って一生懸命欠伸を噛み殺してはみたけれど、それはすぐにお兄ちゃんにバレてしまった。

「眠なってきたか?」

 穏やかに問われ、僕は素直に頷いた。

「今日一日いろいろあって疲れたやろ?」

 笑って問われて

「……大丈、夫……」

と答えながらも出る欠伸。

「親父、そろそろ締めるか?」

 お兄ちゃんの言葉に僕はあたふたとする。みんな楽しそうなのにすごく申し訳なくて…… だけどお父さんはにこにこと僕を見て、

「そやな」

と決定してしまった。古賀さんが芳野さんに車を回すように手際よく言っているのをぼんやり見ながら

「ほな、一本締めで」

と言う始めて聞く言葉に戸惑いながらお兄ちゃんを見た。そんなに話はできなかったけど、すごく温かい空間を何気に作ってくれた人。僕は安心感に包まれ自分の居場所にホッとしてた。だから一本締めの言葉に凄く不思議な顔して思わず首を傾げるなんてこともできたんだと思う。いつもは小さくなって時が流れるのをただじっと待つだけだったから。

 僕がわからへんって顔をしているのを目敏く見つけたのが古賀さんで、

「音頭に併せて拍手一回で締めることです」

と後ろからこそっと教えてくれた。

「あ、りがと……」

 ございますはもごもごと言いペコリと頭を下げる。古賀さんはにっこりしてお兄ちゃんを見るように言ってくれた。

「それでは、在有が無事帰って来たことを記念して一本締めにて締めさせていただきます。一堂お手を拝借」

 みんなが立ち上がるのに遅れてあたふた立ち上がる僕を待ってくれて、

「よおぉっ」

 パンッ

 綺麗に揃ったそれは、凄く気持ち良かった。この席が僕のためだったことも嬉しかってん。思わず、へにゃって微かに笑った僕を見てお兄ちゃんもお父さんも、そしてそこにいる人達もが安心したように笑ってくれたことに僕は気付かなかったけど、温かい温もり僕が一番安心していた。

「在有さん、車回してますからそのままこちらにどうぞ」

 古賀さんに促されてお父さんと先に部屋をでると、女将さんが外で待っていて

「今日はありがとうございます。在有さん、またお父様、お兄様と一緒にお越し下さいね」

と言ってくれた。お兄ちゃんは別の車で帰るみたいだけど、それでも僕は『家族』なんやって心底思った。




【車中、そして夢の中】

 車に乗って暫くすると在有はこっくりこっくりし始めた。

「寝てしまいましたか?」

 ハンドルを預かる芳野はルームミラーで確認して辰二に声をかける。

「ああ」

「いろいろ長い一日でしたから疲れたんでしょうね、ゆっくり走ります」

「そうしてくれ」

 スピードを落とした芳野に声をかけながら、辰二は在有の今にも前のシートへのめり込みそうな頭を自分の肩へもたれかけさせる。僅かに綻ばせた顔が辰二には珍しく、ルームミラーで見てしまった古賀も黙ったまま幸せな気分を味わった。緊迫した空気とは無縁の穏やかな時間が流れていた。





 一方夢の中へと旅立った在有は、誰かが優しく自分の頭をどこかにもたれさせてくれたことを夢現なままに感じた。不安定だった頭が安定して、まるで自分のこれからを象徴しているようでどこかに不安を感じながらも奇妙な安心感を味わっていた。

 ふわりふわり、と、まるで雲を掴むような夢もどこか居心地がよかった。ずっとこの瞬間が続けばいいのにと願わずにはいられないほどに……





 車は滑るようにして大きなガレージに入って行く。止まってエンジンが切られても起きる気配のない在有に辰二は苦笑しながら、トーンを落とした声で

「在有」

と呼んでみるがまるで身じろぎ一つしない。

「どうしますか?」

 古賀のどこか楽しそうな言葉に少しムスッとしながらも

「いい、俺が運ぶ」

と、在有の頭を一撫でした。あまりに幸せそうな寝顔をしているので起こすのも忍びなかった。一度車から降りた辰二は反対側のドアに廻り、在有の膝と脇に手を差し入れそっと引き寄せ抱き上げた。

「軽いな……」

「細いですものね」

 ドアを支えていた芳野がしみじみと言い心配そうにする。先ほどの宴会でもそう言うほど食べていなかった。 食べることすら恐る恐るの在有を見ていたら一体どういう生活をしていたのだろうかと疑問である。施設で何があったのか目の当たりにしたはずの辰二も古賀も、そのことは一切口にしなかった。芳野は在有の静かな寝顔を見て心穏やかな日が訪れることを願わずにはいられなかった。



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