第4章 02
僕は目まぐるしく動く景色をただぼやっと見ていた。
賑やかなその席に一人浮いていて、だからといって居心地が悪いわけでもなくてほんまにどうしていいのかわからへん。出されたジュースは僕が飲んでもいいんやろと思って手持ちぶさたでチビチビと飲む。お父さんの周りには次から次へと人が来て誰もが杯を重ねて行く。僕の前に座る人の前にも同じように人が集まるから、眺めているだけで楽しい。穏やかな、ほんまに穏やかな時が流れていて僕は少しホッとする。
「在有さん、全く食べてないみたいですけど、何か好きなものでも用意させましょうか?」
不意に古賀さんに声を掛けられる。僕のところに来る人なんていないからすごく安心していて、僕はその不意うちに盛大にビクッとした。怖い…… そう思ったことは隠して僕は古賀さんの言ったことを考える。食べてないって言ったよね? 膳に並べられたものはどれも美味しそうだけど何も減っていない。
僕は箸をつけていいのかわからない。
だっていつも僕が食べられるのは残り物だったから。かなちゃんが、かなちゃんは聖和の家の調理師さんだけど、いっぱいおかずを作ってくれて、それは食べていいってかなちゃん自身が言ってくれたから食べられたけど……
「在有さん?」
「……これ、……食べても、いいの……?」
古賀さんは一瞬怪訝な顔を見せる。僕、変なこと聞いちゃったのかな…… 周りが僕の言動に注目してたのか静かになる。きっと変なこと聞いちゃったんだ…… すごく申し訳なくなって思わず俯く。
「在有、好きなだけ食べや。 他にも頼みたいもんあったら頼んだらええ」
お父さんの声に僕は救われた気がして、注目の中、恐る恐る箸を取りそれでもまだ疑ってこっそりお父さんを伺い、僕の前に座る人を伺った。見られているなんて思わなかったからその人と目が合ってにっこり笑われた時、僕は違う意味で俯いた。なんだか恥ずかしくて……
「……いた、だきま、す?」
呟くように言うと、古賀さんが
「いっぱい食べて下さいね」
と言ってくれて僕はようやくそれに箸をつけた。それを見て周りはまた賑やかになる。僕はそれに安心してゆっくりと箸を運んだ。見た目通りそれはすごく美味しくて、自然と頬が綻ぶ。
「旨いか?」
問われたことにコクリとうなづいて僕はこっそり前の席の人を観察する。すごく優しい目をしてる。黒いスーツのネクタイは少し緩められて、胡座をかいてお猪口をリズムよく空けていく様が妙に絵になる。ぼんやり、こういう人を美形って言うんやろなって思った。どこか厳ついのにとっても絵になる人だった。僕は、この人を知ってる…… 遠い昔、僕はこの人に遊んでもらった。ような気がする…… そういえば僕、お兄ちゃんおったよなぁ…… すごく大きくて、すごく優しくて、だけど記憶がもやもやしている。
僕は喧騒としたこの場所に居ながら、一人遠くの方に漂って静かに静かに考えていた。周りのざわめきに僕一人だけいつの間にかぽつんと置いてけぼりになっていた。穏やかな時間なのに、素直喜べなくてそっと伺うようにまた前に座る人を覗き見る。人の間から見たのにその人はすぐに気付いてくれて、微かにだったけど僕にわかるように微笑んでくれる。
「お、兄、ちゃん?」
呟くように口にしてみるとその人は満面に笑みを浮かべて、
「在有」
と名前を呼んでくれた。ただそれだけのことなのにすごく嬉しくて、僕はホッとした。
「ちゃんと食ったか?」
その問いに僕は思わず自分の前に置かれた膳を見て俯いた。ほとんど手付かずの手の込んだ料理。少しつついた後があるだけで食べたとは言い難い。どうしよ、どうしよ…… ってパニクってる間にお兄ちゃんは僕の目の前に移動してきていて、膳を覗いて
「なんや、ほとんど手つけてへんやないか」
と言った。僕はますます俯くしかなくて、もしかして怒ってるのかなってだんだん怖くなる。
「もうお腹おっきなったんか? まぁ俺が在有くらいの時はもっと別のもんの方が好きやったからな。ハンバーグとか」
クスッて笑い声とともに優しい声がして僕の頭にフワリと手が降りた。その手があんまり優しくて僕はまったく怖さを感じる暇がなかった。
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