第3章 04


【寄り道】

 車が音もなく停車する様子を窓から見ていた在有は不安気な顔で辰二を振り返る。いったいどこへ連れて行かれるんやろと顔一杯に描かれた在有を見て、普段まるで笑わない辰二が微かに笑みを見せた。静かな穏やかな風景に溶け込むように、小さいけれど洒落た煉瓦造りの建物。

 そこが一体何なのか在有には想像もつかない。

 二つあるドアの片隅に干されたタオルが申し訳なさそうに風に揺れている。どこか北欧あたりの田園風景を思わせるような不思議な空間だった。

 芳野にドアを開けてもらい車の外へ降り立った在有は、その穏やかな空間にある黒塗りの車がとてつもなく異様でにつかわしくないことに気付いた。その違和感が在有をますます不安に掻き立てる。

「在有」

 辰二に促されてドアを開けた瞬間、在有は

「わぁっ」

と小さく声をあげた。所狭しと棚一杯並べられたカラフルな服、対照的にオブジェのように飾られたモノトーンを基調とした服。そしてところどころに靴やベルト、鞄などの小物類。夢のような世界が在有の目の前に広がり、なんとなくうきうきした気分になる。

 在有の表情が変わった事に辰二は満足そうにうなづき、笑みをこぼす。古賀も少し安心したように在有を見ていた。

「在有、なんか好きなもん探してみ」

 辰二の言葉にパアッと明るい表情になった在有は店内をキョロキョロ見渡して、その後少し寂しそうな表情を見せた。在有は、ふいに自分の姿がこの店に合わないことを悟った。辰二や古賀はまるっきり違和感ないのに、自分はかなり浮いている。着古して色褪せたTシャツに膝のでたジーンズ。挙句の果てに履き潰したスニーカー。スポーツバッグに入ってる他の服だって今着ているのと似たり寄ったりで大差ない。自分の服は聖和の家で配られた数枚だけで、学校にも行かない在有に回ってくるものと言えばお古が多かったから、仕方ない。それでも恥ずかしくて遣る瀬無さに包まれる。

「いらっしゃいませ。お好きなのはございますか?」

 ひょろりと背の高い男の店員が、在有のその変化に気付いたかのように音もなくすっと近付き柔らかい声をかける。一瞬ビクッとする在有ににこりと笑いかけ警戒心を解せようとする。困った顔のまま、在有は辰二を振り返る。

「俺の息子や。似合う服見繕ってくれ」

 辰二の息子という言葉に顔を少し安心したように綻ばせて、在有は改めて店内をぐるりと見渡す。

「あぁ、彼があの服の山の……」

 にっこり笑った店員が辰二に声を掛け、在有は訳が分からず首を傾げ、古賀は笑いを堪えるようにそっぽを向き、気のせいか辰二は顔を赤らめた。

「お父様はこの日を楽しみにして、あなたの服を買い込んで行ったんですよ。それこそ、一体いつ着るんやねん? って突っ込みたくなるくらい山のように。それはそれは楽しそうに……」

「ほんと?」

 在有は思わず後ろの辰二を振り返る。恐持ての顔をこれでもかって言うほど崩して、辰二は

「余計なこと言っとらんで早よ選んでやってくれ。あとで似合うようにカットもしたってくれ」

と在有の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。まるで怖がりもせず素直にその行為を受け入れた在有は、そんな自分に気付きもしなかった。ただ嬉しくて嬉しくてそんな辰二を見上げていた。夢のような時間は、あっという間に過ぎる。

 在有はただ為されるままにいろんな服をまるで着せ替え人形のように着て、自分の好みか辰二の好みか店員の好みか分からぬまま、たくさんラッピングしてもらった。

 自分のために、誰かが選んでくれる物。

 在有は夢なら醒めるなと祈る。その選んでもらった数だけの不安。それは髪の毛をカットしてもらっている時に最高潮に達し、在有は真っ青な顔で唇をかみ締めた。カットをしながらいろんな話をしてくれる店員の声が、まるで雑音のように聞こえ苦しげに息を吐く在有に気付いたのは、やはり辰二だった。

「在有、大丈夫や。ここにおる」

 たったそれだけの言葉にひどく安心して在有は鏡越しに辰二を探した。辰二は在有が見えるよう、鏡に映る場所へ移動し安心させる。落ち着いた在有を見て誰もが在有の傷の深さを実感した。在有にとって、たとえ身内のそばでも安心できる場所ではない。

 始まったばかりなのだ。

 辰二はしみじみと誓う。在有が幸せになれる場所を作る事を。今度こそは守る事を。在有の笑顔を取り戻し、その笑顔を絶させない事を。





 カットを終えて鏡を見せてもらった在有は、中性的なイメージの長めの髪をふわふわとさせながらどこかくすぐったさを感じた。なんだか幼さが強調されているような気もしたがそこは気にしないことにして、みんなの似合うと言う言葉に嬉しそうににこにことしていた。

 仕上げとばかりにその髪型にあわせて中性的で比較的可愛らしい服を着せられ、車に戻った在有達を芳野は軽く目礼して迎え、在有の姿に目を見張った。

「すごく似合ってますね」

 通り一遍の言葉しかでなかった芳野は自分の言葉に軽く目眩を感じながら赤面したが、在有はそんな芳野に気付きもせず恥ずかしそうに俯いてはにかんだ。

「在有」

 促されるように車に乗り込み、やがて静かに動き出した車の後部座席で買ってもらったばかりのトートバックを抱き締め目まぐるしく長い一日に疲れたのかこっくりこっくりとし始めた在有を、誰もが温かい気持ちで見ていた。

 車の揺れに合わせて大きく船を漕ぎ出した在有の頭を、辰二はそっと自分の肩にもたれさせる。まるで起きる気配のない在有は、ちょこんと頭をのせ気持ちよさそうな寝息を立てた。そのいかにも安心しきった様子に辰二は小さくホッと息を吐き、柔らかい髪を撫でる。

 車は、なめらかな曲のようにいつまでも静かに進んで行った。



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