第2章 09


 耳を塞ぎたくなるような淫美な音が静寂に包まれた部屋に響いている。他になんの音もせず、僕はただ何も考えることなく快楽に身を任せ、深い深い泥沼にどっぷりと浸り、次から次へと訪れる歓喜に腕を噛んで堪えようとする。僕の腕には、自分で噛んだ跡が消えることなく次から次へと新しい噛み傷がつく。

 快楽と罪悪感。

 あれから何年経ったんやろう。僕は全然学校に行ってへんけど、確か中学3年生になってるはず……毎日毎日休みなく同じことを繰り返しては過ぎて行く日々。……腐ってる……僕は、僕が大嫌いになってた。

 心でイヤやイヤやって叫びながら、与えられる快楽を自ら卑しく求め、そして不意に激しい後悔と恐怖と罪悪感に苛まれる。あの医務室に居座ってた時、府島先生は確かに口にしたとおり僕に快楽だけを与えた。ヒモにされてた時は痛いだけやったのに、府島先生にされると始めは痛みもあった、だんだんと気持ちいい方が勝って、そのうちに気持ちいいしか感じへんようになってた。

 偽りだとわかっていてもその時は先生もすごく優しくて、僕はずっとこのまま先生だけに抱かれるんやと錯覚してた。だから僕は思ったんや……

『この人の事だけを考えて、この人のことを好きになろう』

って。無理矢理にでもそうなろうって考えてた。そしたら自分が救われるような気がして、そうしたら何もかもに耐えられるような気がして。だけどいつだって僕の願いなんて届かへん。

 僕は一生懸命府島先生に気に入ってもらえるようにがんばったつもりやったけど、先生は僕が好きとかそんなんさらさらなくて、ただ使い物になるようにって思ってただけやった。それを思い知らされた日、僕は心を奥深い、決して誰にも見えないところへしまいこんだ。

 僕の勝手な期待がズタズタに踏みにじられてしまった時に、もう二度と僕自身を傷つけないように……

 僕が医務室を出て部屋に戻ることになった時、僕は庄能に何かされるなんて考えてもなかった。考えてなかったから、戻ったその日にまさか府島先生が庄能にやり方を教えて、庄能に先生が見てるところでされるなんて思わへんかった。

 僕のこの人を好きになろうなんて思いはいとも容易く踏みにじられて、とうとう涙も出なくなり、ただ人形のように四肢を明け渡し何も考えなくなった。

 その日から庄能は僕を身体的に殴ることは無くなったけれど、僕はいつも精神的暴力を受けることになった。

『もう、誰も信じへん』

 それが僕が出せた唯一の答え。

 府島先生はその日を境に一切僕に手を出すことはなくなり、変わりに庄能に毎晩毎晩身体を玩具のように使われ、やがてそれはホーム全体に広がった。僕は毎日庄能に監視され、彼に連れられてどこかの部屋に行き、快楽の奴隷になり……だけど、何も感じなかった。

 何も……

 始めはとまどってた余所の部屋の人も、そのうち庄能がいなくても僕を呼び出し、僕を使い、そしてゴミのように部屋から追出され、毎日その繰り返し。

 どんどん汚れていく僕の身体……






 2年間。

 庄能がいた2年間、僕の日常は何も変わらへんかった。庄能がホームを卒園して行った時、僕は初めて自分の未来を一瞬考えてた。学校にも行けず、ただ使われて来ただけの2年間。ここをでる時が来れば、僕はどうやって生きて行くんやろ……

 けどそれはすぐに諦めに変わる。

 誰かが迎えに来てくれることなんてありえへん。

 例えヒモが僕を迎えに来ることがあっても、あんな事件があったのに簡単に引き渡されるとも思われへんかったし、まして逃げ続けてるらしいヒモが僕を迎えに来るなんて危険を侵すとも思われへん。

 だけど時々思う。

 あのままお母さんに見つかることもなくて、ほんのちょっと我慢してたら今よりは幸せやったんとちゃうやろかって。それは、愚かな考えかも知れへんけど、僕には今より遥かにいいように思える。

 だけど、崩れてしまった過去は決して戻らへんから……結局、僕が考える未来のことなんて無駄なこと。僕はこの先もきっと使われて行くだけ……

 庄能が出て行った日、僕は改めて自分の境遇を思い知った。にこにこと新しい世界に出て行く庄能が眩しくて、羨ましくて、自分が哀しかった。

 そんな僕の気持ちを読んだかのように、府島先生に久々に呼び出され、僕は使われるためにあるとわからすかのように乱暴に抱かれた。やっぱり快楽を感じ追う自分の身体が呪わしい。

 何も変わらない。

 ただそこに庄能がいなくなった、っていうだけ。

 新しく入って来た子もずっといる子も、みんな僕の身体を踏みにじって行く。庄能がいなくなっても庄能に変わる人はいくらでもいて、毎日同じ時間が流れて、気がつけばそれから1年も経っていた。

 僕は高校には進学しないから、中学を卒業したらほんとは出て行かなあかんけど、どんな手を回したんか、特別措置で何年かここに残ることを許可されていた。

 僕に、解放は……ない。



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