第2章 07


 僕が医務室に居座ってから一週間が過ぎた。

 体の傷はすでに癒えた。顔の痣も薄くなって、やっと人前に出てもみっともなくないようになった気がする。だけどそれは、庄能のいる部屋に戻る日が近くなったってことで、僕は痣が無くなってしまわなかったらいいのにって、ただそれだけを願ってた。

 実は医務室も安全な場所じゃないって僕は知るよしもなく更に一週間たった。新たな地獄がそこに迫っていることに気付きもせんくて、夢のように安楽な世界に浮かれてる自分に、少しばかり不安も感じる。





 うつらうつらしていると、

「在有、具合はどうや?」

 男の人にしては少し高い声。優しそうな口調で、ここのホームでは比較的若い府島先生が医務室に入って来た。いつも興味津々って顔で僕を舐め回すようにして見るから、僕はどうしても構えてしまって好きにはなれやん。それでも話はわりと面白いし、他の先生と比べたら随分年も近くてわりと人気がある。

「……府島、先生……」

 僕は他のホームの子みたいに、この人を明人先生とは未だによう呼ばんくて、それがよそよそしく感じるといつも言われる。案の定、先生は苦笑しながらベッドの横に立ち、僕を見下ろした。

「顔の痣も綺麗に治ったな。もうそろそろ二週間や」

 ベッドの端に腰を下ろしながら、痣の消えた僕の頬を、いつまでも撫でながら言う。僕はその手に噛み付きたいくらいに、怯える。何が怖い、というわけやない。強いて言うなら、何もかもが怖くて、近付いては行けないと、危険信号を発しているような気がしてた。

 僕が一瞬顔を歪ませたことを府島先生は見逃さず、

「部屋、戻るか?」

 一番聞きたくない言葉を言われ、いつか戻らなければいけないと分かっていたはずなのに、僕の体は条件反射のように強張る。思わず顔を背けて、何か見えない力から守るように体を丸めた僕は気付かへんかった。府島先生がニヤリと笑ったことに。

 もしその笑いを見ていたら、きっとこれから起こることの想像が付いたのにって後悔してももう遅い。

 けど、それに気付いたとして、いったい何が変わる言うんやろ……きっと何も変わらへんかったやろ……





「なあ、在有。ほんまに他にどこも傷ないんか?」

『えっ?』

 僕は府島先生の方に顔を向ける。すぐには意味がわからへんかったけど、その顔を見てこれから何が起こるんかの想像はできる。僕はがばっと身を起こし、ベッドの上の僅かなスペースを逃げようと後退る。ニヤニヤといやらしく笑った府島先生の顔を見ているのが怖い。

 スペースはあっと言う間に無くなって、僕はすぐに府島先生に手を捕まれ引き寄せられ、逃げ場がなくなる。

「あんなに微熱が続くんは、顔殴られただけでやと考えられへんやろ」

 意外によく見てる。

「何があったんや? ん?」

 府島先生は、何も言わんでもわかってると言うように、僕のズボンに手をかけた。僕は必死でズボンを押さえ、力なく首をイヤイヤと横に振る。そんな僕の顔を覗き込むようにして、

「おまえ、俺の言うこと聞いといたらええねん。悪いようにはせん」

とまるで取引だとばかりに、言い聞かせるように話し掛ける。それは、僕には脅迫のように聞こえる。それやのに、府島先生の

「俺が守っちゃる、庄能から」

って言う甘い言葉に、僕はズボンを押さえていた手を一瞬緩めてしまった。あの暴力の嵐から身が守れるんやったら……つい、そう考えてしまった。

 それが根本的に何かおかしいことだと頭のどこかでわかっていながらも、僕には救いの手のように思えた。決して救い何かやないてわかっているのに。どんどん深みにハマって行くだけのことやのに。



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