第1章 06


【鵜道組組事務所】

 その電話が鳴った時、鵜道組組事務所は騒然としていた。長い穏やかな日々がよりによってその日の夕方崩れ去っていたのである。鵜道組組長、鵜道辰二が、自身も若頭を勤めている上部団体の富勇会の定例会に出席したあと、富勇会会長が受けた襲撃の盾となり重体となっていたのだ。

 事務所は主だった者達が出払い、若い組員が数名残るだけだった。次から次へと引っ切り無しに鳴る電話に、若い組員が受けたその電話は、組の一大事の中に深く深く埋もれてしまった。鵜道組組事務所が落ち着いたのは事件が起こった二日後であった。それを待っていたかのように控え目に電話が鳴り、若い組員が対応する。

「あ、兄貴。児童相談……? てとこから電話入ってます」

 二日前にも事務所で電話番をしていたその若い組員は、どこかで聞いたような名前に首を傾げながら取り次ぐ。

「児童相談……?」

 まだ若い精悍な顔立ちの、しかしどことなく疲れの残った顔にきつい目を獰猛な獣のようにぎらつかせた男が電話をとる。

「変わりました、鵜道ですが」

 静かに受け答えしていた彼は、微かに眉間を寄せ威圧的な低い声を響かせる。

「……わかりました。そうですね、こちらもご存じの通りまだ落ち着いていませんし、その方がいいかもしれませんね」

 彼は電話を置いたあと、

「おい、二日前の新聞あるか? オヤジの事件の日のや」

と、唐突に叫んだ。どこか怒気を含んだ声色に先程の若い組員は慌てたように新聞を探しに行く。苛々したように煙草を咥えると、いかにも古参と言う風貌をした男が、ダンヒルの洒落たライターで火をつける。

「坊、今の電話は?」

「古賀のオジキ、その坊言うんいい加減やめてもらえませんか?」

 男は苦笑しながら深く一つ煙りを吐き出す。それはまるで溜め息を隠そうとするようでもあった。

「おっ、悪い悪い、つい癖でなぁ」

 目を細めると古賀は柔らかい顔になる。小さい頃から知っているためか、ついどうしても大きく成長した男を子ども扱いしてしまう。

「で、どないしたんや?」

「まだ新聞見んとなんとも言えんのですが、オジキ、在有覚えとりますか?」

「……在有坊、か。坊の弟で奏見姐さんの子やな」

 古賀は呟くように、どこか懐しげに口にする。

「なんや話がようわからへんのですが、在有が保護されたらしいんですわ」

「保護?」

「はい」

 二人で当惑した顔を見合わせていると、先程の若い組員が数日分の新聞を手に戻って来た。心なしか顔色が悪く、どこか泣きそうな顔をしている。

「兄貴、オヤジの事件の時、別の事件で鵜道の名前上がってるんですが、どういうことっすか?」

 煙草の煙りをもう一つ深く吐き出して、男は黙って新聞を受け取った。事務所内は異様なほどにシンとし、ただ新聞をめくる音だけが響き、誰もが固唾を飲んで見守る中、不意に男は新聞をめくる手を止めた。新聞を凝視していた男はただ深く息を吐き、ソファにドカッと座り込んだ。目を閉じ天を仰ぎ、しばらくして

「古賀、俺は在有を引き取らんでよかったんやろか? 今のこの状況で、それでもやっぱり在有を引き取るべきやったんやろか?」

 古賀は黙って新聞を読み、奏見が殺されたこと、在有が酷い虐待を受け保護されたことを知る。

 辰二が意識不明の重体の間、その息子である軍嗣が見事に納め、その存在を示した。が、緊迫がまだ無くならない状態で、心に深く傷を負った在有を慈しむ余裕など到底なかった。

「せめて奏見姐さんの葬儀は鵜道から出しましょう」

 古賀は沈痛な顔で呟き手配を始めた。





 まるで哀しみに包まれるように冷たい雨の降る中、葬儀は滞りなく進み、軍嗣は密かに富勇会本部に五条貴晴のことを問い合わせ手を回した。それがどれほどの効力があるのか、甚だ疑問だが何もしないよりはいい。

『在有が少しでも心安らかに過ごせるように……』

 現在の軍嗣にはただ願うことしかできない。

 願うことしか……



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