月宮徒然日記 日常にて5話 / 風呂


 隣でバタンバタンとしている音は、この薄っぺらい長家の壁を通してよく聞こえる。今夜は商家の用心棒の仕事があるから、陣は一眠りしたかった。しかし、廉が占市のところへ掃除に行った今、それはかなわぬものだと半分以上は諦めてもいた。

 とにかく奴の家は汚い。それを今更言っても始まらないが、そこを廉が片づけている時に煩くなるのは毎度の事である。陣は眉間にシワを寄せながらも、黙って横になり目を瞑る。本人、こんなに煩くて眠れるかと思っているようだが、そこはそこ、彼は超一流の剣士であるから、横になった途端にくうぅくうぅと寝息が辺りを支配する。

 心地よい夢の中で、眠れない、なんてイライラしながら。

 かくいう廉も、隣の自分たちの家では陣が寝ているのだから静かに掃除しなければと思うのだが、何せそんなことに構ってられないほどに占市の部屋は汚い。陣に悪いなと思いつつ、いそいそと掃除に励むのだった。

 掃除の終わった廉が、占市に美味しい甘味屋があるからと連れられてお団子を食べにでた頃、陣はむくりと起き上がり一つ大きく伸びをした。

 隣は静かである。

「終わったか」

 呟きながら立ち上がり、煙草盆を片手に戸を開けた。

 さぁっと清々しい風が流れ込み、澱んでいた部屋の空気を変えてくれる。

 元気に走り回る子ども達を見ながら煙草を吸っていると、

「あら、陣さん、廉ちゃんと占市先生お団子って出かけてったけど一緒に行かなかったのかい?」

と、近所のおばさんが声をかけてくれる。

「そうですか、そしたら俺もちょっくら風呂屋にでも行ってこようかな」

「二人が戻ってきたら伝えておくよ」

「じゃあ頼みます」

 ポンと小気味良い音とともに煙草を消し、一旦風呂道具を取りに戻る。腰の物をどうするか、一瞬、はたと悩み、まぁいいだろうと身軽な体でカランコロンと歩く姿は、いかにものんびりしていて、斬ったはったの世界とはまるで縁がないように見える。

 侍の魂をなんだと思ってる? という輩もいるが、陣はまるで気にもしない。長湯の好きな陣が戻ってくるまでに小一時間はかかるだろう。その頃には廉も占市も帰り、そのうちに神楽も帰ってくるだろう。



終 
(小説文字総数 876字)




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