月宮徒然日記 日常にて5話 / 電話


 廉は傾いた木のテーブルの上に置いてある四角い不思議な物体を見て、本日何度目になるか、小動物のように首を傾げた。それを見やりながら朝餉を掻き込む陣は、決してその物体に興味が沸かないわけではないが、わけの分からない物より廉を見てる方がよっぽど面白いから、まるで興味なし、と言うように一人箸を進める。

 洗濯の終わった廉と連立って、のらりくらりといつもの飯屋にやって来た二人は、いつもと違う物を手にしていた。来る途中に拾った物である。小さくて四角い摩訶不思議なその物体は、考えてもわからないもので、しかし二人の反応は見事に分かれた。

「廉、そんなもん後にしてさっさと喰え」

「えぇ、でも何かわかんないものって気になるんやもん」

「……そんなもん見とっても腹は膨れん」

「でも……」

「そのうち神楽がやってくるやろ。そんなもんは神楽に聞いたら早い」

「うん、……わかった」

 廉は諦めて、冷めきった朝餉に箸をつける。

「ねぇ、陣。今日も仕事? めちゃくちゃ天気いいし、ちょっと遠くに散歩行こうよ」

「あ?」

 不機嫌極まりない陣の返事に、廉は首を竦め作り笑いを見せる。その機嫌の悪さで、陣が今日の夕方から仕事だと言うことがよく分かった。居心地の悪い思いをしていた廉に、まるで救いの手だとばかりに、見知った顔が店に入って来る。

 絶世の美女と謳われる、月宮一の芸者、神楽である。

 艶やかな濃い紫の着物の襟を大きく抜いて、怪しいくらいの色気が悩ましい。もっともお子様の廉には全く通用しないようで、店中の客の視線を欲しいままにする神楽を無邪気に呼び付ける。

「神楽姐さん、おはよ。ねぇねぇ、これ何?」

 廉は早速朝拾った不思議な物体のことを聞く。神楽はちらっと見やって、

「ああ、それ? 携帯電話、って言うんやで」

「けいたい、でんわ?」

「そ。大金持ちくらいしかもてやんの。廉ちゃん、どうしたん? それ」

「拾ったん」

「そう」

 言った途端に、けたたましく鳴り始めたそれに、廉はびっくりして陣の後ろに隠れる。神楽はそんな廉を笑って

「もしもーし」

と相手と話始めた。

 少しして切った神楽は、

「持ち主から。私が返しとこか?」

 有り難い申し出に、廉はこくこくとうなづいた。

「びびりやな」

 陣のぼそっと呟くような一言に、廉はぷくっと頬を膨らませる。

「神楽、好きに処分しといてくれ」

 陣はにやりとする。

 暗に、高額な謝礼受け取るつもりだろ、と示せば、神楽は待ってましたとばかりに、

「りょーかい」

と笑った。

 廉はなんとなく黒い空気が漂っているような気がした。



終 
(小説文字総数 1031字)




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