月宮徒然日記 日常にて5話 / 洗濯
廉の朝は早い。
隣りの布団に眠る陣は剣の使い手で、ちょっとした物音でも起きてすぐさま頭上の刀に手をやるような物騒な漢なので、廉はこっそりと伸びをし布団を抜け出す。とりあえず顔を洗おうと、桶を片手に井戸へ行こうと戸を開け、
「うわぁ」
と歓声をあげた。
久々に太陽が煌々と照り、気持ちいいくらいに晴れている。
「そうだっ! 洗濯しよっ!」
いいことを思い付いたように嬉々として言う廉の顔はまるで子どもで、顔を洗うことも忘れて家中の洗濯物をかき集め、よいしょと持ち上げる頃にはさすがに陣も起きて、片手枕に煩そうに廉を眺めている。
廉はそんなことにも気付かず、山のような洗濯物を手に、いそいそと洗濯場へと行ってしまった。陣は眠そうに一つ欠伸をし、近くにあった煙草盆を怠惰に引き寄せ銀の煙管を粋に咥え、一服ぷかりとふかす。
気長した黒地に白い龍の入った着物が怠惰なくせに上品なこの漢によく似合う。
コンッ
良い音を響かせ煙管の火を消した陣は、更に大きな欠伸をし、ついでとばかりに伸びをし水瓶の方へと歩く。
痩せてはいるが筋肉質なすらりとした体躯に、意外に高い背。この月宮で一流の剣士と謳われるようになって早2年。鋭い目付きに、人形のように冷たく調った近寄りがたい美丈夫。何もかもがこの月の世界、月宮では有名であった。
戸を開けて眩しい太陽を見上げ、洗濯場で近所のおば様連中と井戸端会議をしながら洗濯に勤しんでいる廉を見て僅かに頬を弛めながら、
「廉っ、終わったらメシ行くぞ」
と叫んだ。
「うんっ! 待ってね、洗濯しちゃうから」
そう、今日は洗濯日和なのである。にこにこ笑う廉に、なんとなく幸せを感じる陣であった。
終
(小説文字総数 685字)
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