月宮徒然日記 6月にて5話 / 紫陽花


 晴れている日なら、からんからんと下駄が軽快な音を出すのだが、何分雨続きで道はぬかるんでいる。ぽつぽつと傘に当る可愛らしい音が、昼間にもかかわらず人通りが少ない為によく聞こえる。

 雨の日に見るのがいいと言う『紫陽花』とやらが咲いているところまで陣と廉は連れ立って歩いている。

 靄っている空気がどことなく侘しく、開店休業と言っても過言ではない商家の合間を進む。

 二人に特に言葉はないが、廉はどことなく浮足立っているようで、今にもスキップしそうな軽やかな足取りである。それに対して陣はと言えば、廉が滑って転ぶのではないかと気が気でない。

 いつでも首根っこを押さえられるようにと、普段使わない集中力を目一杯使っているものだから、半分ほど来たところですでに気疲れしている。

 紫陽花は山裾の寺で栽培されているらしい。

 歩いて半刻もかからない程度の距離だが、如何せん足元が悪い。帰りもこの雨の中を帰るのかと思えば気は重いと言うものだが、廉はまるでそんなことなど思いついてもいないだろう。

「楽しみだね」

 いかにも浮き浮きと言った趣きで陣を振り返って声を掛ける廉を、陣は黙って頷く。ここは逆らわないに越したことはない。

 やがて辿り着いた山寺の一角に、色鮮やかに紫陽花が咲いていた。

「うわー、綺麗」

 廉の素直な感嘆の声に陣も頷いた。

 確かに綺麗である。雨に映えると言うのもあながち嘘ではない。小さな小花が幾重にも重なって咲きほこり、まん丸い月のような花となっている。驚くことにその一つ一つの花びらがグラデーションのようになっていて、一つの花となった時、不思議な色合いで目を楽しませてくれる。

「綺麗だな」

 陣も思わずと言った風情で呟いた。

 降っていた雨は、二人連なって歩き観ているうちに上がり、雲の切れ間からは幾重にも光が挿していた。

 花の水滴が光に反射して煌々とする。

「ねえ、陣。 紫陽花は雨の時じゃなくて、雨上がりが一番綺麗だね」

「そうだな」

 二人黙って観ていた。

 まるで祝福を受けるかのように光り輝く色とりどりの紫陽花を。



終 
(小説文字総数 838字)




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