月宮徒然日記 6月にて5話 / 梅雨空
この時期の空と言うものは得てしてどんよりと重苦しい色合いが特徴だ。
今にも降り出しそうな、いやいやまだ持ち堪えられるような、そんな日が何日も続いていてすっきりとしない。それが梅雨空と言うものだと言われればそれまでなのだが、部屋の中がじめじめするだけでなく、己までもがじめじめとしてくる気がして憂鬱なのもだ。
庭の片隅に置かれた鉢植えの月光花は、地面につきそうな勢いで実をしならせ、それだけが活気にあふれているようだ。
本格的に雨が降ってきたら出来ないからと、廉は今日も隣の庭で収穫に勤しんでいるはずだ。
怠惰な一日を怠惰なままに過ごしていた陣は、たまには剣でも持つかとのそりと立上った。
押入れを開け、更にその天井の戸板を一枚剥がし、一番の相棒である黒鉄の村雨を手に取る。月宮に一本しかないと言われる古の技術のみで作られたそれは、空気すら切れると言われる極上の刀である。普段からこんなものを持ち歩いていれば面倒に巻き込まれることは必定なので、丸腰か適当に購入した刀を持ち歩く。その適当に購入した刀ですら昨今では随一と言われる刀匠の初期の作で、刀の愛好家の中では喉から手が出るほど欲しい一物として有名である。
陣は刀を手に押入れを締め、庭先に出る。
風が一舞。
帯刀して木の葉が舞い降りるのを居合の要領ですっと刀身で撫でる。はらりはらりと落ちる木の葉は地面に着くと二つに分かれた。
全てのものは粒子から成り立っている。
これが師事した師匠の言い分だった。だから粒子の繋ぎ目を経てば切れるのだと。あながち間違いではないと思う。重い棍棒を振り回して素振りするようなこともなければ、他人と木刀を交える事も無い。それがどれだけ特殊かと言うことには残念ながら陣は気付いていなかった。
ぴんと張りつめた空気の中、一粒雨が零れ落ちる。
「おや、降ってきたか」
小さく払うように差し出した刀の先で雨粒が二つになり、するりとくっついた。
終
(小説文字総数 795字)
[ 3/5 ][*prev] [next#]
戻る
[しおりを挟む]