月宮徒然日記 6月にて5話 / 田植え


 田植えの時期になると実をつける食物がある。この月宮と言う国に置いてはそう珍しいものではないが、余所の国では非常に高価なもので月宮の輸出産業の九割は占めると言う。

 農業を営む者達は丹精込めて広大な畑一杯に作っているが、実はどこでも育つ強い生命力を持つので自生しているものも少なくない。この実、実をつける前に月の光のような色合いの可憐な花を咲かせることに由来して月光花と名付けられているが、その花が咲く家には厄災が降りかからないと言う言い伝えから、鉢植えにして咲かせる家も多い。

 かく言う陣と廉の家にも鉢植えが裏庭に面した軒下に所狭しと並べられている。

 庭と言って言いものか悩む程度に狭いもので、そこで陣が時々剣の稽古をするものだから、その空間にはまるで余計なものはなく、遠慮がちに痩せた木が一本ひょろりと伸びているだけだ。

 殺伐とした中に鉢植えが五つほど。元をただせば二人が用意したものではない。神楽が客からもらってきたものばかりである。神楽の住む右隣の庭は月光花畑と化している。初めは所狭しと庭一面に鉢植えを並べていた神楽だが、あまりの量の多さにとうとう鉢から出して直植えに切り替えた。もっとも鉢から出してそのまま置いておいたら根を張ったと言うのが正しいのだが。

 そして反対隣り、占市の庭も神楽の庭と全く変わり映えしない。神楽がとうとう自分の所だけでは足りなくなって占市の殺風景な庭にこちらははじめから鉢から出して置いていった。お蔭で春先には見事な月光花の群生が出来上がり、この時期になるとたわわに実った実の扱いに困る。

「陣、見て。 今年もそろそろ月光花が実をつけるよ」

「……てことは両隣もと言うことだな、やれやれ」

「……そうだね」

 そう、両隣の実の収穫は廉の仕事である。

 両隣の住人は一芸には秀でているがその他がからきし駄目なのである。

「……何か商売でもしてみるか……」

 ぼそりと呟いた陣は思案気に煙草盆を引き寄せた。

 馬鹿馬鹿しい用心棒の仕事の為に雷の嫌いな廉をこの時期一人にしたくないと言う、何とも邪な考えなのだが、それでもキラキラと目を輝かせる廉に、それも悪くないと思う。

「そうさな、世に出回っていない月光花の何かがあれば……」

 うーんと首を傾げる廉はまるで幼い子供の様だ。

「まあ、何か考えておけよ」

 お団子、お菓子、惣菜…… と食べものばかりをぶつぶつ言っている廉を横目に、陣は、これは当分用心棒家業だなと紫煙を燻らせた。



終 
(小説文字総数 1003字)




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