月宮徒然日記 日常にて5話 / 食事


 この界隈には比較的安くて旨い店が数多くないので、必然的に飲み処月宮はいつ行っても賑やかな店となる。安くて旨い、それに給仕の女が別嬪となれば楽しみの少ないその日暮らしの人間は集まるものだ。それと比例して、特に夜はガラが悪いとなると陣一人が食べに出かけるにはいいとしても、廉を連れて行くのは少々渋りたくもなる。そんな陣の心配はよそに、廉は案外そこを気に入っていた。気に入ってはいたが正直陣と一緒に来ない日は少しばかり不安も感じていた。

 例えば神楽と来たら酔客に絡まれる率は増えるが神楽が適当に相手しながらあしらってくれ、だいたいがお勘定もそういう人が持ってくれる。これが占市となら嘘の様に静かに食べられる。しかしどちらも刀を帯びた人間に絡まれたならどうにもならない。そして廉、神楽、占市と三人で来た日には高い確率で帯刀した人間に絡まれるのだ。

 今日も今日とて、神楽にお酌をしろと絡んできた人に神楽が啖呵を切ったものだから、店の中は静まり返り、刀に手をした酔客と神楽が睨み合っている。廉はおろおろと見、占市は素知らぬ顔でお猪口を口にしている。

 一発触発。

 そんなことにはお構いなしで、ガラガラと立てつけの悪い戸が開き誰もがこんな時に間の悪い奴だと思った時、

「なんだ、今日は早い時間から物騒な事だな、店主」

と暢気な陣の声が響いた。この界隈に住む常連客はほっとし、そうじゃない客は空気が変わったことに更に青ざめ、刀を帯びた酔客は

「なんだ、貴様」

と怒鳴る。

「先生、あんたは暢気だな」

「お前さんには言われたくない。 それに占いではお前さんが来ると出ている。 何にも心配あるまい? 廉はちょっとこっちの方に引っ込んでおおき」

 その言葉に誘発されたかのように酔客が刀を抜き、それと共に叫び声も上がる。

「やめておけ、やめておけ」

 すっと動いた陣の動きに誰もついて行けず、酔客の手からからんと刀が零れ落ち、それを神楽が蹴って遠くへした。手首を押さえながら何が起こったのかよくわかっていない彼は

「覚えておけ」

と捨て台詞を残して騒々しく店から出ていった。神楽が追い打ちをかけるように刀を店の外に転がしながら

「忘れもんだよ、ざまあみやがれ」

と叫ぶ。

「店主、飯となんか一品付けてくれ」

「陣さん、お酒付けておくかい?」

 給仕の女がしな垂れかかっていくのをむうっと口をとがらせながら見ていた廉は

「陣は今日まだお仕事だから飲まないよ」

と陣の隣に移動して言った。

「食べたか、廉」

 たったそれだけの陣の言葉に機嫌を直しながら、それと反対に給仕の女が機嫌悪くなりながら。



終 
(小説文字総数 1053字)




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