両思い 藤嶋篤郎の場合
央二に、瑛二ってだれ? と聞かれてから数日。央二に料理を教わる為に久しぶりに僧堂組の屋敷に来た。最近は事務所の方に行く機会が多かったため、本宅、つまりは住居の方に来るのは久しぶりだ。タッパをもって来たものだから、いつもと違って荷物が多い。
「おう、篤郎。 なんだその荷物は?」
勝手知ったるなんとかで、玄関を無視して庭を突っ切って央二の部屋を目指せば、ちょうど庭に出てきていた央二の親父と鉢合わせた。
「出入りか?」
面白がってからかってくるくそ親父に
「そうっ」
と返せば大笑いをされる。
「クリスマスに物騒な奴や」
ふん、とばかりにそっぽを向く俺、我ながら幼い。
「今日は早く帰してやるからな。 折角いい人材スカウトできた思ったんやけどなあ」
なんでもない事のようにさらりと言われた言葉は、俺に十分すぎるほどの衝撃を与えた。早く帰してやる…… て誰の事や。なんて恐ろしくて突っ込むこともできない。うわあ、バレバレですか。そうですか。気持ち赤面したであろう俺に
「まあ、がんばれよ」
とどうでもよさそうに激励を残してさっさと部屋に戻って行った。
「くそ親父、俺はやくざになんねえよっ」
はっとして叫べばその背中はくるりとこちらに向き直り、にやりと悪どい笑顔を浮かべて
「お前のそういう度胸あるところ、俺は買ってるんや。 匂坂に振られたらいつでも事務所来いよ」
いや、行かん。
しかもさらりと名前言い残して行ったし。
「あれ、篤郎、こっちにおったんか」
「央二ぃ、お前の親父なんとかしろよ」
「いや、無理」
「だよなあ」
「うん。 まあ、親父の事なんか気にせんで、さっさとやるぞ」
「おー」
「気のない返事」
央二は屈託なく笑い、俺の荒んだ心が癒される。うん、確かによくよく考えたらお前の親父って怖い人やったわ。 あまりにも普通に接してくれるから時々忘れてしまうけど。
「親父、篤郎のこと気に入ってるからなあ。 でも匂坂さんの事も気に入ってるから、多分心境は娘を嫁にやる感じ? それか身内に嫁もらった気分?」
「いやいやいや。 しかも俺瑛二とどうなるかまだわからんじゃん」
「……目に見えてるけどな」
ぼそりと呟かれた央二の言葉はこの際聞こえなかったことにして、央二と連れ立ってキッチンへと向かった。
クリスマスに男二人でキッチンに立つ。
うん、なんだか遣る瀬無い……
教えてもらいながら不器用な事に時々怪我もしながら、やってみれば時間を忘れるくらいに没頭して、何とか初めてのわりにうまい事仕上がった。食べてくれるかな、びっくりしてくれるかな、喜んでくれるかなと色々な思いがぐるぐる回るが、やりきった感は半端ない。
「がんばれよ、篤郎」
そう、央二に後押しされて、俺は瑛二の家に向かった。
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