定期考査 藤嶋篤郎の場合
文化祭が終わってしまえば、あの時の情熱はいったいどこへ行ったんやろかと思うくらいだらだらと日々を過ごす。
男らしさを発揮した央二は相変わらずあほやし、危険な色気を出していた煌紀も元の通りワーカーホリック。かくいう俺は相変わらずフラフラとどこにも行けずに立ち止まったまま。
瑛二とも時々会っては無意味に体を重ねる。たまに気が向いた時に食事に連れて行ってもらったりはするが、大概は瑛二の部屋に引き籠る。いい加減どうにかせなあかんと思いながらも優柔不断な俺は瑛二と煌紀の間で気持ちを揺らしている。もんもんと悩みながらももうすぐ期末テストが始まるからそんなこと考えてられへんしと、言い訳と逃げ道を用意する。
そんな時だった。瑛二から
「お前、もうここに来るな」
と言われたのは。
情事後に、ベッドの上で煙草を深く吸いながら、何でもない事の様にさらりと言われたその言葉は、俺の想像以上に俺の心を抉る。いつかはそう言われるかもしれへんとどこかで思っていたのに、いつの頃からか、瑛二は絶対言わんと勝手に決めつけていた。
「はあ、なんで?」
「……」
疑問を投げかけても応えてくれることはない。虚空を見つめたまま俺に見向きもせずただ黙って煙草を吸う姿は、哀しいけれど格好良かった。
どうせ試験も始まるのだから、当分は来れやんし。
心の中で呟いた言葉は負け惜しみなのか、テストさえ終わればいつもの通りになると言う楽観視なのか。俺の心を見透かしたかのように、
「これで、終りや」
と、最終宣告された。
涙も出ない。ただ
「わかった」
と言うことしか。
瑛二が持っていた俺に対しての気持ちをいつまでも踏みにじっていたのは紛れもなく俺自身で、だけどそれを受け止めるだけの心を持ち合わせてなかった俺は、試験前だと言うのにただただ瑛二の事だけを考えていた。
学校へ行ってもふ抜けた状態のままの俺に、煌紀は遠慮も無しにいきなりスパンと俺の頭を叩いた。
「痛ってえな、煌紀」
「そりゃ痛いやろ、殴ってんのやからな」
これで央二がいたらもっと無茶苦茶になるだろうことが容易に想像できて、くるりと教室を見渡せば
「央二ならおらん」
と言われた。
「匂坂となんかあったんか?」
あまりにも至極当然と言うように言われた瑛二の名前に俺の肩は大げさなまでにびくりと震えた。
「……終りやて」
「……そうか」
「なあ、煌紀、自分のこと棚に上げて言うのもなんやけど、瑛二、なんで急にそんなこと言いだしたんやろ」
「大人の了見じゃねえの?」
「大人の了見?」
「自分はやくざや。 篤郎はいくらやんちゃしてようと高校生や。 お前の寂しさに付け込んでそういう関係になったこと、いろいろ考えたんじゃねえの?」
「……」
「乙女やな、篤郎くんは」
「お前、気持ち悪り」
と言えば容赦なくどつかれた。
「ちょっとは自分の気持ちや匂坂の気持ちに向き合ってみ。 お前、もう分かってんやろ、自分が誰の事を考えてんのかくらい」
ああ、そうだ、いつもいつも煌紀の事を見ていたし、煌紀の事を考えていた。それがいつからか瑛二のことを見て、瑛二のことを考えるようになっていた。煌紀と央二のじゃれ合いに胸が痛むことも今ではほとんどない。
「あ、それと、篤郎、親父から。 次の試験で赤一個でもとったらお前の進路うちの組やて」
「はあぁ? 何勝手に決めてんのやあのくそ親父」
「面と向かって言えたら男前なんやけどなあ、篤郎」
「言えるか、あほ。 僧堂の親父は怖いわっ」
「じゃあ、試験頑張っていい点とったら匂坂に告白でもしいや、クリスマスも近い事やし」
「言われんでもそうする」
その時の俺は、煌紀の言い方がおかしかったことにも気づかへんかったし、自分の答えがすでに考えるべきことの答えを出している事にも気づかへんかった。
ただ、にやりと笑った煌紀に無性にいらっとした。
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