第1章 03


「翔さん、クロスが見つかったんすけど……」

 歯切れの悪い言葉に、翔は思わず身を乗り出し、

「蓮城」

と、看守に咎められる。

 どかりとひ弱なパイプ椅子に腰を落ち着ければ、椅子は乱暴な重さに抗議するかのように軋む。

「……捕まりましたわ」

 翔が落ち着いたのを見届け、克生はため息と共に言葉を吐き出した。

「この間話した、うちも欲しいって言ってた‘レン’、覚えてますか?」

「ああ」

「あれ、クロスでした」

 克生の言葉に、翔はため息吐く。

 まさか探していた年の離れた弟が、件の人物だとは想像もしていなかった。

「で」

「引っ張られた直接の原因は、一緒に居った男の薬物所持、クロスはやってなかったらしいのですが、叩けばホコリの出る身でしたからね、道路交通法違反の他にも傷害などなど、全て一人で被って年少行きです」

「刑期は?」

「2年、です」

「うちの親は?」

「出してくれんでいい言ったみたいですね」

「だろうな」

「とにかく翔さんは早よでてきて下さい」

「ああ、わかってる」

 おもむろに看守が立ち上がり、面会時間の終了を知らせる。

「また、来ます」

「おう」

 克生は一礼して、翔を見送った。両耳につけられたピアスが、その黒いスーツとはどこか不釣り合いで、しかし堅気の人間にも見えなかった。

 翔の刑期はあと半年。極道でなければ、そろそろ仮釈でも、と言う頃だが、そこそこ力を持つ保津組の組員では、満期まで務めあげるしかない。

 翔の経歴は、保津の中でも少し変わっていた。生き残りの厳しい現在でも最大と言われる暴走族、舞姫鬼神を作り、経済の勉強をするのだと大学へ進学。舞姫鬼神の時代から、いくつもの会社を作って成功させ、進学をカムフラージュに保津の扉を叩いた。大学四年の春に中退、それと共に若くして幹部にのしあがり、数ヶ月後に刑務所へ。株取引でなにかよからぬことをしたらしいともっぱらの噂だが、それにしてもあまりにお粗末な結果に、誰も口にはしないものの、計画的だと嘆息したものだ。それもこれもこれでゆっくりと法律の勉強ができる、とのうのうと宣ったからに他ならない。しかし当の本人も、組長の保津も、人を喰ったような一笑いで終わらせ、苦労するのは、舞姫鬼神からの後輩で、舎弟である克生ばかり。

 克生は知っていた。

 翔がいつも案じているのは克生のことと、行方のわからない弟の黒守のことだと。

 あの暑い夏、翼が居なくなり、誰もが自分の事で精一杯だった。

 翼の病気は誰もが知っていたし、克生が翔に頼まれ翼と付き合い始めたのは確かに同情だった。しかし、克生にとって翼が無くてはならない存在に変わるのは早かった。だから、翼と二人でつけたピアスが手元に戻ってきた時はショックで、周りのことが何も見えないくらいに憔悴した。ただ、自分に任された舞姫鬼神だけが自分の居場所であり、存在であり、生きる意義であり、だからこそ舞姫鬼神は二代目に飛躍的に伸びた。しかしいつまでもそこにかじりついていられる年でもなく、誘われるままに保津組へと籍を置いた。

 黒守のことなど、顧みる余裕はなかった。ただ、精一杯だったから。

 あの時12歳の彼が、どれだけ苦しんだか、頭の片隅にも思い浮かばなかった。

 克生、21歳。 翔、23歳。

 黒守と言う名前が、十字架と掛けられていて、罪を背負う子とつけられた名前だと、知らされた年だった。

 天然のアッシュブラウンと灰色の瞳。

 翔にはもちろん、翼にも、両親にも、そして 去年産まれた妹にも似ていなかった容姿。

 その理由を全て背負わされてしまった黒守。



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