第1章 02


「なあ、レン、お前何飲む」

「ビール」

「お前なぁ、未成年やろ?」

「その未成年に彫りもん刺したんはお前やろ。 今更いい子ぶってんじゃねぇよ」

 男はやれやれとでも言うように、黒守の前にビールの缶を置いた。

 確かに今更なのだ。

 自分が拾ったのはかわいい少年ではなく、最凶最悪の少年である。レン、としか分からない名前の彼は、およそ15歳には見えないがたいと、切れるような冷たい目を持っていた。自分の好みにぴったりだった彼が欲しくて欲しくて、いろいろな手を使ったが、

「彫ってくれるなら」

と、バレた彫り師の仕事のお陰であっさりと手中に収めた。まさか、未成年、しかもまだ中学生だとは思わなかったが。

 男は彫り師として腕は立つ。しかし、如何せん性癖はすこぶる異常だった。

 それなりに年を喰った男が若い、しかも十代の男に犯られたいなど、異常以外の何物でもなく、そのおかげで何度か刑務所にも入っていたし、お得意様であるはずの極道にも毛嫌いされていた。

「なぁレン、今日は観音さん拝ませてくれへんのか?」

 男の猫なで声に黒守は一瞥して、ビールを煽る。

 天然のアッシュブラウンの長めの髪を掻きあげ、一瞬だけ灰色の目が見える。綺麗な顔立ちをしているのだが、決して人を寄せ付けず、常に不穏なオーラを纏っていた。

 男はぞくりとし、そして性欲を煽られる。

 彼に施した刺青は、それこそ一世一代の大仕事でかなり満足のいく出来だった。

 何を彫るか尋ねた時、

「十字架を背負った夜叉の顔した観音と、その観音にとぐろをまく竜と、観音の足下に牡丹」

と言われた時は、こいつの頭は大丈夫かと正直思った。有り得ない構図に、惚れた弱みで描いた最高の下書きに、男は

「頼むから彫らせてくれ」

と懇願した。そこには性欲に狂った男の顔はなく、彫らせている間、黒守も一度たりと声を上げなかった。

 彫り終わって1ヶ月、初めて抱かれたその日、男は黒守の年齢を知り、引き返せない一線を越えてしまったことを知った。

 15歳。

 例え本人が望んだことと言えども、それは世間から虐待と非難されるに足りる年だった。それでも男は黒守を手放すつもりもなく、逆に深い深い闇に引きずられて行くようだった。仕事をしては黒守に貢ぎ、黒守に抱かれ、そして黒守を束縛する。

 男にとってそれが幸せで、永遠に続くように思っていた。が、黒守は束縛されることを嫌い、夜の街に出ては喧嘩を繰り返し、必然的に群れ、最終的には暴走族に行き着いた。それが決して自分の孤独を癒やすものではないと知りながら。

 最凶最悪の男を立てた暴走族は、勢いに乗り、極悪な刺青を背負うレンも、自然と誰もが知る存在となった。

 それと共に始まった歯車の軋み。男はますます黒守に執着し、黒守はどんどんと離れていく。男が狂い、薬に手をつけるのも、身を持ち崩すのも一瞬だった。

 そして呆気なく来る終焉。

 黒守は見捨てきれず久しぶりに行った男の部屋で、男と共に逮捕された。

 黒守、15歳。

 それは、‘レン’という少年が15歳だったと言う衝撃と共に、瞬く間に広まった。翼が亡くなったのと、ちょうど同じ歳だった。黒守を擁護するものは誰一人としていず、言い訳の一つもしなかった黒守は、少年院へと姿を消し、その引き際の良さも‘レン’を伝説へと押し上げた。



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