第1章 01


 それは、暑い暑い夏だった。



 蝉の鳴き声が特別大きく感じる昼下がり、白い布をただ一枚被せられた兄が、黒守にはとても不思議に見えた。人の死がどんなものか、初めて身近に感じた夏だった。

 兄、翼は、どこか天井から物を見ているようなところがある不思議な人だったから、黒守には、その兄の死が現実のものとはとても思えなかった。流れるように行われる葬儀の用意も、始まった坊主のお経も、次から次へとくる弔問客も、黒守には非現実的なもので、理解できていなかった。兄と仲良かったかと言われると、そうだったような、そうでもなかったような、なんとも奇妙な感覚で、涙すら流さない自分は、冷たい人間なんだと思った。

 ぼんやりとした黒守の目には映らなかったが、翼とは到底不釣り合いな金髪の黒い学生服を着崩した弔問客が、翼の遺影をじっとみつめ、やがて黒守に目を移し、深々頭を下げていった。

 翼の大好きだった彼、一之瀬克生。それは黒守の密かな憧れの人でもあった。しかし黒守はただぼんやりと正座した膝に置いた自分の握り拳を眺めていた。

 蝉は、いつまでもいつまでも大合唱をし、まるで翼を送る葬送曲のようであった。



 真夏日らしい青い空と白い雲の下、小高い丘にある火葬場は心地よい風に包まれていた。

 兄の棺に火がくべられるのが耐えきれず、黒守は火葬場の裏の人の来ないところへ逃げ込んだ。芝生の敷き詰められたそこは、逃げ込むには格好の場所だったが、すでに先客がいた。

 金髪で、上着は脱いだのか、先程とはうって変わって白いシャツに黒いズボン。足を投げ出して手を後ろにつき、体を支えている格好が、その風景に溶け込み、まるで一枚の絵のようで、黒守は立ち尽くした。

 不意に吹いた風が、その金髪を一束さらい、黒守は決心して声をかける。

「克生さん?」

 くるりと振り返ったその顔は無表情で、怜悧な顔をより一層冷たく見せ、そして美しかった。

「クロス、か」

 決して自分を映さない克生の目に、自分を見て欲しいと願う自分が卑しく感じる。

 翼の代わりにはなれないのに……

「克生さん、これ、翼から預かってた手紙」

 真っ白な封筒は、どこにでもあるような封筒だったが、黒守には特別な物のように思えた。

「ん、……さんきゅ」

 黙って封筒から手紙を出し読み始めた克生の横で、黒守はただ立ち尽くした。遠くに広がる街の風景の向こうに、空へと続く海が見える。

 かさりとした音に黒守が振り返ると、克生の手にリング状のピアスが一つ。手紙を握りしめ、次の瞬間に、

「うわーっ」

と、克生が声を上げて泣き始めた。

 Eternal、と刻まれた翼と克生のお揃いのピアス。生前、翼の片耳に輝いていた物で、そして今も克生の片耳に輝いている、二人の誓いのピアスである。克生の激しい慟哭に、黒守はただ立ち尽くして声もあげずにポロポロと涙を流した。

 克生が大好きだった。そしてそれ以上に翼が大好きだった。そして、何に泣いているのかすら分からない自分が、大嫌いだった。



 青い空、白い雲、そして一筋の煙。



 二度と兄、翼に会えなくなった夏、黒守は全てを失った気がした。

 黒守、12歳。克生、18歳。

“克生が本当に好きな人と、永遠が語れるように、俺はいつまでも見守っています”



 それは、暑い暑い夏だった。



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