第2章 06
この近くでどこかゆっくり話せる店はないかと尋ねられた黒守は、まだこの辺のことはよくわからないと答えた。神薙の家で暮らし始めてから一人ではほとんど出かけなくなった。出かけてもせいぜい近くの散歩程度で、高校が決まってから駅と家の往復の道を覚えたようなものだ。昔の仲間と連絡を取る事も無ければ、もっとも連絡先は一切知らないのだが、その日の食事にも寝床にも困らないものだから夜な夜なうろつくこともない。改めて考えてみると随分と穏やかな生活をしているものだと思う。
「じゃあ、少し移動していいか?」
と雅海の問いに頷いた黒守はその移動手段にまずびっくりした。こっちと案内されてきた駐車場には黒いセルシオが鎮座していた。
「おまえ、実は結構年上?」
何とも間抜けな事を聞いていると自覚しながらも黒守は聞かずにいられなかった。
「18」
「……」
「黒守と同じ年。 やけど俺は4月生まれやから春休み中に免許取りに行って誕生日に免許証もらった」
「ああ」
納得顔で頷いた黒守を横目に、
「高3やけどな」
と呟けば、心底嫌そうにした顔が目に入り苦笑した。助手席に乗り込んだ黒守は感心したように車の中を見渡し、
「綺麗に乗ってんのな」
と呟いた。
「良い状態で手に入ったからな」
「昔の車とは思えんな」
「まあな。 なあ、黒守。 他の奴らにも会う気ある?」
「他の奴ら?」
「そ。 当時幹部って言われてた奴ら」
「会いたくないわけじゃないけど、ずっと不義理してるからな」
「それは、俺に対してもそやろ? 誰もお前を責めねぇよ」
「……」
「あの時の衝撃は忘れられない。 黒守が捕まったことも、つるんでいた奴、誰一人として売らなかったことも、いや、売れなかったんだよな、おまえは誰にも関心がなかったから売れる人間なんておらんかったんやろ。でもそんなことより俺は自分と同じ年のお前の生き様が衝撃だった。 俺も大概やったけど、お前に比べたら甘いなって。 あの後チームは解散した。 それからは誰も連絡を取らなかった。 俺らが集まり始めたんは1年程前かな。 チーム名はなかったわけやない。 俺らの中ではちゃんとあったけど、お前は嫌がりそうやし、人数が多くなりすぎたから使いたくなかった。その名前の店ができて、それをきっかけにそこに集まるようになった。 出てくるお前の居場所を作りたかったんかもしれへん。 ……いや、自分らの居場所かな」
車は滑らかに走る。流れていく景色が少し滲んで見える。あの時の自分は確かに必死だったが、それと同じくらい自分だけが不幸を背負っているような気になっていたのだと今になって思う。本当は兄弟に恵まれていた。仲間にも恵まれていた。だけど狭い視野で気付こうともしなかった。色々な思いを噛みしめながら、それをごまかすように問うた。
「店の名前、何?」
「……一蓮托生」
「……確かに嫌がるな」
「だろ?」
「しかもそれを店の名前にするって」
「意外に人気あるらしいぞ」
いつの間にかしんみりした空気は霧散し、懐かしい町が見えてきた。気持ちが変われば町の見え方も変わるものだ。黒守はどこか懐かしい趣で眺めた。ふと、晴陽を思い出した黒守はメールを入れた。この気持ちを味わわせてくれた人に心配はかけたくなかった。それを運転しながら横目に見た雅海は安心するかのように目を細めた。
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