第2章 05
「なんや、お前っ」
まるで悪役の上等台詞のような言葉を叫んだ連中は、警戒したその顔を黒守一人だったことに安堵したように嫌な笑いに歪めた。
「だから、レンってどいつ? 俺が用あんのはお前らの言うレンってやつ」
黒守のその飄々とした態度が気に喰わないのか、連中は一斉に殴りかかる。黒守がいくら場慣れしていて喧嘩に強いと言っても、その人数で一斉にかかられれば不利であることに変わりない。背後を壁でガードしにやりと笑う黒守に一瞬恐怖を感じた人間が、その隙にいとも簡単に倒された。ブランクがあり黒守としては少々不安を感じていたのだが案外体は覚えているものらしい。スピードはやはり少し落ちているなと冷静に分析し、多少減った人数に攻撃を頭の中でさっと組み立て直す。
怒声と殴り合う音、完全に蚊帳の外に弾かれてしまった連中に絡まれていた二人は固唾を飲んで見守った。明らかに不利だった状況がどんどんと有利になって行くその様は、綺麗だった。決して綺麗と言える場面が目の前にあるわけではないのだが。
「……俺の出る幕はもうないな」
「……あの、助けて頂いてありがとうございます」
何とも呑気な会話だとは思うが仕方がない。二人はお互い顔を見合わせ苦笑いをした。
「今のうちにここ離れろ」
「でも、あの人にもお礼を……」
「言ってたって言っといてやるよ。 もしも仲間呼ばれたらあいつ一人じゃ無理になってくるだろうし、そしたらあんたを無傷で逃がしてやれる自信はない。 俺はそこまで強いわけじゃねえからな」
「いえ、強いと思います。 その、いろんな意味で」
「ん?」
「僕、そしたら行きます。 折角助けてもらったんだからあなたの邪魔はしたくないですし、本当にありがとうございます」
にっこり笑って失礼しますと丁寧に頭を下げて走って行く彼を見て、名前ぐらい聞いておけばよかったと少しばかりの心残りをそこに置いてもう一度喧嘩の渦に飛び込んだ。
それから数分。いやそんなには経っていないだろう。最後の一人を沈めた黒守はくるりと廻りに目をやり見知った顔が立っているのを確認する。地面に寝転がるリーダー格と思われる一人を掴み上げ、
「二度とレンの名前を口にするな」
と告げる。言いたいことを言ってしまえば気が済んだかのように興味すら持たない。その姿はレンと呼ばれた当時のままで、しかし当時とは全く違うところは
「大丈夫か?」
と昔の仲間に声を掛けたところだろう。
「ああ」
黒守は必死に名前を思い出そうと試みているのだが如何せん当時はあまりに無頓着かつ興味も執着なかったものだから全く思い出せそうにもない。こういう時は今まで培ってきた無表情が大いに役に立っているのだが内実かなり焦っていた。
「……久しぶり。 改めて自己紹介しようか?」
さらりと告げられた台詞にバレバレかと心の中で溜息を吐き、そういえばこいつは人の無表情を的確に読み取っていたなと思い出す。
「悪い」
バツが悪そうな顔をしながら素直に謝る黒守に苦笑いしながら
「岩橋雅海。 当時はマサ呼ばれてたな」
と告げた。黒守を中心に人が集まり始めチームとして形成せざるを得なくなった時、彼が纏めていたことを思い出した。彼はチームのことだけでなくレン自身のことも気にかけ心配してくれていたように思う。
「あの時は、悪かったな」
「俺的には覚えていてくれたことに安心したけどな」
「悪かった」
「それよりレン……いや、名前、何? 俺も今更聞いて悪いけど考えてみたらレンとしか知らんかったよなあ」
「……神薙黒守」
「……レンってどこにも被ってねぇじゃん」
「苗字、変わったからな」
「ああ、それで。 じゃあ、改めてよろしく、黒守」
「ああ」
時間や事情が何の隔たりにもならないのだと黒守は安堵した。あの時自分が顧みなかったものはいくらでもある。愛想を尽かされていても可笑しくない。今はどうでもいいと思えるほど世捨て人でもないからこうして関係が再構築されるだろう可能性が純粋に嬉しかった。
「積もる話もあるし? どうですか、お茶でも」
おどけて尋ねる雅海に黒守は迷いなく頷いた。
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