第2章 04


 休みの間にもし日があい遊びに行けそうなら遊ぼうといかにも高校生らしい約束を成久としたことを思い出しながら、黒守は電車に揺られていた。

 今年のゴールデンウィークは飛び石で、いつ帰っても長居できるわけではない。いっそのこと帰らないという選択肢もありだと思ったのだが、そうしたらそうしたで晴陽ががっかりするだろうことが容易に想像できて、黒守は結局一番長居できそうな日を選んで帰ることにした。

 朝早く目が醒めて特にやることもなかったのでそのまま比較的早い時間の電車に乗ったからか、人は少なく、黒守はただぼんやりと流れて行く景色を見ていた。

 いつ帰ると連絡すれば晴陽なり熙一郎なりに言われた家にいる若い衆が迎えに来てくれただろう。だからこそ黒守は連絡を入れずにいた。昼には随分前に最寄りの駅に着くだろうから、そこから電話して歩いてもたかがしれている。

 ようやく着いた降車駅のホームに立って、一つ息を吐いた。少し汗ばむ季節になると黒守は嫌でも昔を思い出す。振り払うようにして空を見上げれば、青い空が広がっている。駅の周辺ではこんな時間から暴走族でも走っているのか、懐かしい爆音が聞こえ、足早に改札口に向かう人が煩そうに顔をしかめている。

 黒守がまだ“レン”でいた頃、今から思えば決して一人ではなかった。自分がチームを作ったわけではないが、気が付けば人が集まり、それなりに大きなチームになっていた。黒守がチームを顧みなかったから纏めている人間もいたが、名前すらきちんと聞いていなかった。自分が向き合っていれば今もそれなりに付き合えていたのかも知れない。紛れもなく自分を見ていてくれたのだから。成久と言う友達を得て、黒守はつくづくとそう思った。

 いつか地元にも行ってみようと心に決め、駅を出、晴陽に電話をかけた。家にかけなかったのは出るだろう当番の若い衆に申し訳なく思ってだったのか、煩わしく思ってだったのか。晴陽に今から帰ると告げれば案の定迎えをやると言われ、すでに駅にいると言えば驚かれたが黒守が迎えを待たないだろうと諦めたのか、気を付けてと心配そうに告げる。それだけで黒守の心はじんわりと暖かくなった。

 待っていてくれる人がいるということがこんなにも暖かいものなんだと、まるで凄いことを発見したかのようにすべてが新鮮に見えた。



 てくてくと太陽の光が長閑だと呑気なことを考えながら歩いていた黒守は、不意に怒声といかにも暴力の世界が広がっていますとでも言うような音に足を止めた。いつの間にかバイクの爆音は聞こえなくなっていて、その不穏な音に人々が足早に去っていく。僅かに聞こえてきた懐かしい自分の名前に、眉間にシワを寄せながらひょいっと音源となっている細い道を覗けば、この場におおよそ縁はないだろう小柄な真面目そうな子と懐かしい顔が見えた。多勢に実質動けるのは一人。すぐにでも飛んで入るべきなのだろうが、なんといっても自分の名前が出ているのだから、しかし黒守は状況を把握するかのように壁に背を預け煙草に火を点けた。懐かしい顔はなかなか善戦しているが、如何せん背にその真面目そうな子を庇いながらであるからか徐々に状況が悪化していくのが分かる。頃合いか? と黒守は煙草を足元に落とし、踏みにじった。

「レンってどいつ?」

 勝手に名乗られた名前を回収するために、黒守は告げた。

 空気を切り裂くような怜悧な声色に物音が消える。振り返った面々が見せる表情はそれぞれだった。真面目そうな子は巻き込まれてはいけないとでも思ってくれているのか、あたふたと、多勢で暴力に訴えていた連中は誰だこいつでもいうような訝しげな顔で、そして懐かしい顔はほっとしたような怒ったようなそんな驚いた顔で。黒守はにやりと笑った。



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