第1章 05


 食事も一段落つき、黒守が追加で頼んだコーヒーが来ると、翔はおもむろに

「これからどうするつもりや」

と尋ねた。

「……さあ」

 しばし考え込んだ黒守の素っ気ない態度は予想通りで、翔はにやっと笑う。

「俺は翔の仕事手伝う気はねえよ」

「仕事?」

「どっかのやくざ」

「なんや、知ってたんか」

「……有名やん」

「有名、ね」

「……中に舞姫鬼神の奴がおった。 そいつが俺の名字知って言ってた」

「へー」

「翔となんの関係もないのにアホよな。 俺がレンだって知って逃げてったけど。 まぁ、逃げるような奴やから下っ端やろ?」

「関係ないってなぁ、お前、弟やろ、俺の」

 おまえの方がアホだと言わんばかりの呆れた視線に、黒守は少し考え

「そやったな」

と呟いた。

 忘れていたわけではないが、年は離れてるし、長いこと顔も会わせてなかったのだ。しかも、翔が舞姫鬼神に没頭していた頃からそんなに兄弟らしく無かったのだから、ある意味仕方ないだろうとため息吐く。

「家、帰るわけねえよな」

「ねえな」

「一緒に来るか?」

「やくざ? まぁそれもいいかもな」

 さらりと言う黒守に、翔は顔をしかめ、

「やくざは間に合ってるよ」

とため息吐いた。

「ま、確かに俺はやくざやし、レンが欲しいと思ったことがないとは言わんけど? そやけど未成年のアホやってる弟勧誘に来るぐらい落ちぶれては無いつもりやな」

「……じゃあ、何のため?」

「兄弟ごっこでもしてみるか?」

「ぷっ」

 吹き出した黒守は、今更かよと言いながらも、年相応の笑顔を見せ、顔をくしゃりとして笑った。

「やだね。 翔、今更兄貴面かよ。 俺は適当にしていく」

「やっぱり無理か」

 やれやれと言うようにため息吐く翔は、黒守が色よい返事をする事などはなから期待していなかった。

「お前、養子になる気ないか?」

「養子? また突拍子もない話しやな」

「いい加減、蓮城なんて鎖、捨てちまえ」

 翔の纏うオーラが一瞬不穏なものになり、黒守の頭に手を伸ばして撫でる。

「お前が、普通の子供らしく過ごせたら、それだけでいい」

 兄弟ごっこなんてしなくても、黒守には翔が紛れもなく兄だと思えた。

「そんな物好き、いるかよ」

 ぽそりと呟いた黒守の声は今までになく弱々しく、庇護欲を唆った。黒守のその顔を見た瞬間、翔は迷いを捨てた。やはり、まだ17歳なんだと、妙な安心感すら覚える。

「一つ、ある」

「はあぁ、マジで? 世の中、物好きもいるんやな」

 感嘆すら含む黒守の言葉に、翔は少しばかり渋い顔をし、

「まあ、お前の今までの行い知ってて、しかも背中の見ても受け入れられる人なんてそうそうおらんやろけどな」

と駄目押しのように付け加え、

「極道や」

と続けた。途端に、ああやっぱりと言う顔をした黒守に、翔は

「だからって言ってやくざになれってわけじゃない」

と言い訳のように重ねる。

「まぁ、ええよ。 衣食住が完備されてんのやったら」

と、黒守はまるで他人事のよう。

「言っとくけど、職業が極道いうだけで、普通の子供を授かれへんかった子供の欲しい夫婦や。 今時の極道は世襲制なわけやないし」

「翔……、それって要するに、どこぞの組長ってこと?」

「……まぁ、そうともいうな」

 二人の間に僅かに沈黙が流れる。

「で?」

 それを破ったのは、黒守だった。

 確かに年少上がりの極悪な刺青持ちの自分でも受け入れられるのは、そう言う人かもしれないと、切り替えが早かった。

「指定広域暴力団壱倭組はわかるよな?」

「うん」

「壱倭組の若頭の神薙組組長、神薙煕一郎の養子や」

「……翔は?」

「その下部団体に当たる保津組の組員、まあ一応幹部や」

 ふぅん、と言ったきり黙ってしまった黒守を少し心配そうに見つめる翔に、不意に黒守は笑って、

「神薙黒守、か。 いいかもな」

と言った。

 この五年、いやもっと長い時間か、黒守は余りにも裏表を見過ぎていた。翔に利用されると言うのなら、利用されよう。自分の事を考えてくれた上での事だろうし、自分にとっても好都合だ。

 それでもどうしてだろう。仄かに胸に寂しさが広がるのは。

 親に散々な扱いをされて、自分から捨てた家なのに、それでもまだ‘蓮城’の名前に未練を感じるのだろうか。それとも、兄が自分を見捨てたと感じるのだろうか。

「黒守」

 兄の呼ぶ自分の名前が寒々しい。

「お前がなんと名乗ろうと、お前は俺の弟で、翼の弟には変わりない。 それだけは覚えとけ」

 不意に響いたその言葉は、黒守に素直に届いた。

「翔……」

「幸せを掴め」

 それは、ごめんと呟かれたように聞こえた。

 兄貴らしいことをしてやれやんでごめん、と。

 黒守は、久々ににこりと素直に笑顔を返した。



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