カミツレと一正  [ 3/3 ]


※過去死ネタ・堂郁あり
管理人は医療のことを一切本気で知らないので、ありえないことかもしれません。
どうぞご了承ください。




あれ、と郁がカップをいじる手を止めて声を発した。
「堂上教官の階級章、すごい傷だらけになってません?」
もらったばかりですよね、何かありましたっけ、と首をひねらせた。
「これは、上官から譲り受けたんだ」
「えっ堂上教官にも教官が?!」
「お前、俺を超人かなにかと勘違いしてないか」
少し強い風が吹く。カミツレが揺れた。


堂上篤、22歳。
「堂上ダッシュ」
ひやりとした声が後ろから聞こえる。名字一正の声であることは明白だった。
「…ハイ?」
「堂上ダッシュ」
同じ指示を二回繰り返されると堂上の肩がこわばる。これは早く行ったほうがよさそうだな、と走り出した。
足には自信がある。それはいいがどこに行けばいいのだろうか、全然指示されていなかったことに気がついた。
「そこの角を曲がりなさい。注意しないとぶつかるわよ」
いつのまにやら隣に来ていた名字一正。冷たい声に夏だというのに震え上がった。
「わかってます…」ふてくされると、そのくらいはわかるのねと皮肉を返された。

名字一正は恐ろしい人、というのが堂上達の見解だった。
笠原で言うところの堂上のような存在だった。
女性で防衛部。本人は図書館員希望だったのかもしれないが、明らかに防衛部向きだった。
いつも帽子を目深にかぶっていて顔も覚えづらく、何を考えているかわからない。
ミステリアス、として有名だった。
堂上は名前が苦手だった。指示はなるたけ簡潔に。そのせいで誤解を生むことも沢山あったからだった。
「私は伝えたわよ?」としらを切ることなんて何回あっただろうか。
堂上と名前の喧嘩は瞬く間に有名になった。
喧嘩とはいっても堂上が一方的にけしかけることが多かった。
笠原のような実力行使はなくとも、口喧嘩など絶えることがなかった。



「検閲だ!!」
図書隊の一人がそう叫んだ。防衛部の出番である。
「堂上はここにいなさい。指示は私から出す」
上着を羽織る名前。
防弾チョッキなどと便利なものはこの時代にはない。
珍しく真剣な名前がそこにはいた。

図書館が検閲に合意するわけもなく、戦闘が始まる。
「堂上、作戦は聞こえていた?わかるわよね?」
「大丈夫です。作戦把握しました」
「OK、これから前線に向かうわ。援護よろしく」
「…前線?!」
どうして前線なんかに。撃たれる気満々じゃないか!と堂上は叫びたくなったが堪える。今はそれどころではない。使える人材は使うしかないからだった。

パァンッ、撃ち合いが始まる。前線にいた名前は良化隊員を狙って、撃った。
撃つ、撃つ、撃つの繰り返し。堂上は後ろに居た。
「私はなんて馬鹿なんでしょうね」自嘲気味にはいた言葉は、誰にも届かなかった。
部下に恋をするなんて思わなかった。私は図書が守れたらそれでよかったはずだった。
だけど自分の心は汚れてしまっている。これは仲間の血?敵の血?そんなことすらわからなくなってしまった。
そして笑った。「大嫌いだわ、自分のことが」

パァンッ―
弾が堂上の方に向かった。
「堂上!!」
心臓の辺りを、貫いた。
…ああ、自分の血か。
堂上は…無事ね、よかった。
名前はそう言って軽く笑う。そしてゆっくりと倒れこんだ。
「負傷者が出た!名字一正だ!!」
そして戦闘は終わりを迎えた。

堂上は、自分のようにはならないでほしい。彼は、私のように汚れてはいけない。
例え手が汚れてしまっても、心までは汚れるな。
「何様だ、って堂上に言われそうね」
それだけ言って救急車の中で名前は意識を失った。


「俺のせいです」
病院の集中治療室前、堂上は玄田に頭を下げた。
「俺をかばったせいで、名字一正は撃たれました」
「お前のせいじゃない。あいつが、お前を守ることを優先したんだ」
「でも…!!」声を荒げようとしてやめた。そんな事をしたって解決にはならないことぐらいはわかる。
「帰還を、信じるしかない」玄田の目線は扉にあった。


「…?!どうしてッ…!!」
「…我々の力不足です、申し訳ありません」
ガタッ、といすを跳ね飛ばしてしまっても、気にする余裕なんてない。
「出血多量…で…30分後には…ッ」
命は今は取り留めましたが、あともって30分でしょう。
医師が告げた言葉には、絶望しか残っていなかった。
「本人が、おふた方に話したいことがあると」

「名字、入るぞ」
病室ではチューブやら人工呼吸器やらが名前に繋がっていた。
「あ…玄田、さん…」
か細い声は名前のものだとは思えなかった。
「申し訳…ありませんでした…最後まで…ふがいッ、なくて」
すみません、席、はずしていただけますか。看護師と玄田にそういうと、堂上に向かった。
「ごめんね、」
どうして謝るんですか、謝るのはこっちのほうでしょう。最後の方は声が消えてしまっていた。
「最後まで、堂上のことみてあげられなくて」
上官失格だねと名前は言う。
「最後なんて言わないでください!」
ぼた、と床に滴が落ちる。落ちる涙をぬぐう余裕さえなかった。
いつか彼女が口喧嘩の最中言っていた。
「指示が簡潔になるのは、それが一番伝えたいから」だと。
どうして今日に限ってそんなことを思い出すんだろう。

「堂上、これ」
名前が差し出したのは階級章だった。
「受取れません」
「…堂上は、カミツレの花言葉を知っているかしら」
『苦難の中の力』よ、と階級章を堂上に握らせた。
「堂上、そしてあなたの同僚、上司、部下は苦難に耐えることができるようになるはず、」
私の階級章だから。やわらかく笑う名前に堂上はそっとキスをした。
「ありがとう、……頑張ってね、」
触れた右手は、もう冷たかった。



「ほぇー…堂上教官だからカミツレに興味が」
「…間違ってはいないが、きっかけにはなったな」
おかげで俺もお前も苦難に耐えられることができただろう?と堂上が苦笑する。
堂上はお守りのようにして階級章を持っていた。そして一正になった今、胸を張ってこの階級章をつけることができる。

名字さんは私たちを祝福してくれますかね、そうつぶやいた郁。
「名字一正なら、大丈夫だ」
二人は笑って、カモミールティーを飲みほした。

ありがとう、愛した人
俺はこれから、こいつと生きていきます。

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