(10/10) 9、いない君の年を越す


『僕の友達はどこにいるんだ?』
 目の前の大男は何も答えない。



 思えば、彼と友達だった期間は今、たったの3ヶ月と少しだ。
 たった100日前後、人生の何万分の一しか一緒に遊んでいない。一般的な友人とはどのぐらいの期間を共に過ごした仲なのだろうと考えたこともあったが、その中で僕と花京院は平均を遥かに上回るスピードで距離を縮めていった方だと思う。

 彼と話したことの全てを覚えていられる頭脳が欲しい。少々非現実的だが、情報系の大学に置いてある人間の背丈ほどもあるコンピュータ、あれなら短い間しか一緒にいられていない彼との記憶をそのままいつまでも保管できるのではないだろうか。

 いや、やっぱり自分の脳が一番信頼できるだろうな。
 流石に目の前の「これ」を受け止めるのは機械なんかには無理だろうから。
 
『……すごい、随分……綺麗になっちゃったな』


 花京院は眠っていた。
 彼の肌から血の気は引いて、まるで蝋を固めて彼そっくりの人形を拵えたようだ。髪の色は覚えていたその色よりも褪せて、目は閉じられた薄いまぶたで見えなくて、重ねられた手は無理に動かそうものならポキリと音を立てて折れ曲がりそうで、

 その両手で隠した腹は、

 腹の中身は、



『ッ!』
 悪い予感がして思わず掛けられていた布を捲った。
 
 花京院は不完全だった。

『ば、えっ、えっ?な、なんだよこれ、なんで』
「落ち着け」
 空条さんのでかい手が僕の肩を掴んだ。
『なんで、ねえ、なんでなんですか?なんで花京院死んじゃってんだよォ、』
「落ち着けと言っているんだ!」
 肩の肉が抉られそうなほど強く握られて痛みがはしる。多分目で見た衝撃よりも痛みの伝達の方が強烈で、わけのわからなくなっていた頭はひとまず落ち着きを取り戻した。

 空条さんは僕の様子を確かめて、それから後ろの方が破れている帽子で目元を隠した。僕の身長の方が遥かに小さいので見えたその瞳には僕への罪悪感みたいなものが混ざっていたけれど、とても綺麗な色だった。
「……花京院を連れていった俺たちが言っていいものか……すまなかった」
『謝るのは、今ちょっとやめてくれないかな』
 遺体の表情を見下ろす。……死後硬直ってのが何時まで固まるかとかはよく知らないけれど、花京院の表情は悪くない、ように、思えた。

『花京院の最期を聞くのは止めておこうと思う。多分、それを聞いたら僕は君を恨むでしょうから』
「…………」
『それよりも、空条くんはいつ花京院と知り合ったんだ?』
 いつものように微笑んで尋ねると、彼はいささか驚いたように瞼を押し上げた。
「50日ほど前だが……なぜそれを?」
『いや、彼と君がどんな関係だったのかを知りたくて』
 先程めくり取ってしまっていた布をもう一度、今度はきちんと腹の上に被せる。死人には顔の上に白い布をかけるものだと思っていたのだが、もしかして僕に花京院の顔を見せてやるためにわざわざかけないでいてくれたんだろうか?そうだったらこの男は、見た目は不良でも案外優しいのかもしれない。
『僕と花京院は100日ほど、共に高校生活を送った。けど、まさかその半分でこいつと友達になる人がいたなんてって、ちょっと妬けるなって、それだけ』
「そうか」

『……あの』
「なんだ」
『まだ、君はここに残るのかい』
「すまねえ、二人にしてやった方が良かったか」
『あっ違う違う!待っておくれよ!』
 空条くんが踵を返し始めたので慌てて止める。長いおかげで捕らえることが出来た学ランの裾を、彼は一瞥してから僕に視線を向けた。純粋な疑問の目だ。

『あの、さ。時間余ってるならだけど』


 花京院。もし僕のこれから言うことに不満があるのなら、天国に行く前に一度叱ってはくれないだろうか。

『近くに喫茶店があるから、そこでお茶しませんか。
 ……君の知ってる花京院を、僕はなにも知らないから』

 友達の君と、それからきみのことを、他人に教えてもらうことを。



 ひとまず僕が語れることは、これでおしまいだ。
 





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