ジョースター家の誇り

「兄さん、僕はディオの薬の出所を知るためにロンドンに行ってきます。二、三日はかかるでしょう……」


「けれど兄さん。僕は必ず戻ってくる。警察の手配と、父さんと……このジョースター家を守っていてください」
『お前が行かなくても、わたしがロンドンに行けばいいじゃあないか?』

 ディランは狼狽えた。ついこの間までディオと仲良ししていたジョナサンが、思い立ったかのようにあっさりと義兄弟の悪事を暴き、更に兄さえ存在を知らなかったダリオの手紙により毒薬の在処まで突き止めたのだ。
 大学の研究室で既に成分も調査済みだ(結果は芳しくなかったが)というので、彼は弟の手際のよさに舌を巻き、同時にジョナサンの無鉄砲とも呼べる勇気にひどい喪失感を覚えた。


『御者から聞き出したよ、あの悪名高い食人鬼街(オウガーストリート)に手掛かりがあるんだって?あそこは呪われた町だッ!流行り病やあらゆる不幸はいつもあの吹き溜まりからだと言うよ』
「それでも行かねばならない。……ディラン、僕だって戦わねばならないときがあるんだ」
 ディランは息を呑んだ。今や肉体も精神も成長しつつあるこの紳士を、どうして己のような臆病者が止められようか。
 縋りつく思いで掴んでいた肩から手を離す。弟には視線もくれてやれなかった。


『わかった。ジョジョ、……お前に従うよ』



 そこからのディランの行動は早かった。ジョナサンの選んだ医師達がジョージの回復をサポートしてくれた。老いた父は昔ほど溌剌とした様子に戻ることはなかったが、それでも体の痺れや腫れは徐々に治まっていった。
 次に、警察にも連絡を取った。
 すると驚くべきことが判明した。あの男、大雨の日に火事場泥棒のような真似をしてくれたあの酔っぱらい。やつがディオの父親であり、更に二十年前の犯罪記録にまでバッチリ証拠が残されているではないかッ!

「ええ、確かに。奴とジョースター卿を面会させたのは私です」
 スコットランドヤード警察の、年を取った眼鏡の男が証言してくれた。彼は腹立たしげに事件の全貌を語ってくれ、ディランは父のそのときの言動にひどく感じ入った。
『同時に暗い気持ちが湧いてくるよ。紳士として恥ずべきことだがね』
「ええ、ええ……無礼を承知で申し上げればわしとて同じ気持ちですッ!わしさえダリオ・ブランドーを流島の刑にしていれば……」
『いいんです。それよりもどうやってディオを捕まえるのかを考えねばならない』
 ディランは弟が恐ろしい暗黒街へと旅立ったのにも関わらず落ち着いていた。警察は気丈に振る舞われているのだろうと勝手に勘違いし、いたく感動してくれた。


 実のところは、察しの通り、ディランがここまで取り乱さずにいられるのには理由がある。

『ジョナサンは首尾よく毒薬の情報を手に入れてくれたみたいだね』

 彼だけに見える茨。それは一片の化学パルプ紙に意味をなしたインクの跡を形成できるのだ。今日も写し出されたリアリスティックな線画は、両腕に深い傷を負いながらも毒薬を流した東洋人の捕り物をする弟でディランを心地よく安堵させた。
 新しい友人もできたようだ。本来ならオウガーストリートの連中なんて鼻に出来たニキビよりも嫌悪するべき対象なのだが、このスピードワゴンという男はなかなか見所のある若者らしい。


『ジョジョ……無事に戻ってきてくれよ。なんたって、お前はこの世でたった一人の……僕の兄弟なんだから』






 ぎい、と開いた扉からすきま風が吹いて、ディランは身震いした。
 室内といえどこの季節は冷える。一度だけドアの外をぐるりと首だけで確認して、誰もいないことを確認すると、暗がりを警戒するようにそっと閉めた。

 


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