99は1に勝てない

 ディランの出生を証明するものはジョージ・ジョースターの黒い髪と、その妻メアリー・ジョースターに良く似た目尻の形、それと立ち会った医者が汚いドイツ文字で書いた証明書。
 現代のDNA検査ほど精密なものはないが、彼が青年期まで育てられたのは間違いなくジョースター邸の囲いの中である。星のアザの有無など些細な違いだ。

『しかし』

 ディランは思う。なぜ、自分はいつも……遠回りばかりするのだろう? と。
 
 



 思えば、自分の人生はあの馬車の事故から始まったのではなかろうか。手繰り寄せた質の余り良くない紙束を丁寧に紐で結わえながら、彼は働く気のない脳細胞に記憶を呼び起こさせる。

 “見上げれば”母親のいつもより細く開かれた黒い目がディランを見ていた。
 腕の中の弟はちゃんと呼吸をしていたので、かあさんが不思議な静けさを纏っていることに違和感しかなかった。

 次に、体のあちこちが痛くなった。馬車が落ちたときに負荷がかかったのだろう。自分の視界とかかる重力の向きがいつもと違うのにも、このあたりで気がついた。


 ふと前を見ると、その先に父親が倒れているのを目撃したディランはあっと声をあげ────直ぐに口を塞いだ。
「ちょっとォだんなーッ! あたしゃかかわり合いになるのはゴメンだよォ」
 近くに住む人たちが助けに来てくれたのだろうか?
「うるせェッ!金持ちの馬車だぜ……………貴族だッ!」
 違う!あれは物取りのカップルだッ!ここで気弱な一歳のディランは慌てて気絶のふりをした。弟だけはしっかりと抱き抱えた。
「……オギャアーーッ!オギャアアアーーーッ!」
『しッ!静かにしろよ!』
「だんなァ!馬車の中、女と男の子は死んでるけど、赤んぼうが生きてるよッ」
 間近での女の声に身をびくりと震わせたが、どうやらうまく勘違いをしてくれたようだ。
 しかし父親の指輪や財布、前歯までもが標的になったところで、彼はどうやら間違った選択をしたことに気づく。母に加えて父までもがどうにかなったら、幼い兄弟だけで雨に濡れた崖から生きては帰れない。
 



 自分の腕に絡み付いたロープらしきもの、これを使って盗人を追い払えないだろうか?
 突如、脳裏に閃いた考えはとても良い案のように思えた。幸運とも言うべきか、手綱か何かの太く長いものは年を食った男の足に絡み付いていた。
 とうさんが男の手を離したときがチャンスだ。思いっきりグンと引っ張れば、どうせ酒で満たされてる頭だ、雨の勢いに見せかけて近くの岩にぶつけてやった。
「あんたァ!」
「い、い、いでええェェェェ〜〜〜〜ッ!」
 悪い女が悲鳴を上げ、悪い男が悔しがる。喜劇のワンシーンを切り取ったようなカップルの無様な逃げ様を、雨よりも凍える心で見送った。



 ……というのが、ディランがならず者と筆頭のブランドー一家を毛嫌いする理由であり、ついでに使い勝手の良い霊能力(と幼い彼は信じこんだ)を手にいれた経緯である。
 
 しかし、彼は絶望的にタイミングを読む技術に秀でてはいなかった。どれほど有力な情報を集めようと、茨のような幽霊に鉛筆を持たせてディオの悪行(それと弟ジョナサンの恋の行方)を描き当てようと、まるで大きな見えない力が働いているかのように彼は活躍できない。
 ふざけるな、と言いたい。
 かの有名なトーマス・エジソンも言っているではないか、努力は99%までは無駄ではないと。

 
 星のアザは天賦の才能のように思える。


 『星さえ見れば方角が判るように、僕にはなんの才能もないんだ』





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