秘匿主義は彼のため

 イギリスの冬は夜が長く、見上げれば常に憂鬱な曇り空であり、厳しい寒さに町の人々の足はせかせかと早まる。
 しかし、今日この日だけは我々を押し込めるような厚い雲の層は取り除かれ、暖かく包み込む陽光が、ヒュー・ハドソン大学のグラウンドで熱狂的なイベントを催している若者たちに差し込んでいた。


 沸き上がる歓声。それらは特に、二人の男に惜し気もなく注がれていた。

「トライ! やったあ──────ッ 最後の試合を優勝で飾りましたァ――――――ッ」

「やったなJoJo!またまた僕らのコンビで優勝を決めたなッ!」
「うん!」

 歓喜に満ち溢れた司会者の声!開放感のある競技場に、それでもその場の空気を揺るがし唸りを上げる観客たちの歓声!そして、白熱した試合の余韻をまだ体の内に秘めた選手たちの、張り裂けるような雄叫びが、ジョナサンとディオを待つジョージの所へも届いていた。



『父さん』
 父親と一番目の息子だけの空間はしんと静まり返っていた。
 大学に勤めるジョージの友人が、彼の“二人の息子に関する”朗報を持ってきてくれて、既に一時間が経過していた。
 多分、もうすぐジョナサンとディオも帰ってくるだろうという時間だ。

『……お体の具合は』
「ああ、ディラン。大丈夫、今日はなんだか調子が良いんだ」
 
 青みがかった黒髪はいまやしなびた植物のように質の悪い白髪に代わり、つまり立派に蓄えていたはず髭からはこけた頬の様子がよく分かる。それをちらっと、目の端にとらえるだけでも、ディランの顔は―本当によく観察しないと分からないぐらいなのだが―歪んだ。

「わたしが簡単に病にやられるような紳士に見えるのかね?」
『……』
「心配ないさ。なにせ、わたしはあの馬車の」『父さん』

 ますます顔が歪む。どうして自分の父親はわざわざ嫌な事を思い出させるんだろうという鬱陶しさと、なんで父さんばかり苦しまなければならないのかという発散不能な怒り。
 そして、

『もう薬を飲むのは止めてください。特にディオが自ら持ってきた場合はなおさらだ』
「それはどうしてかな? 階段の上り下りが厳しい執事の代わりに、息子が手ずから運んでくれたのに」
『僕は子供の時からあの男を疑っていたッ! それこそ初めてこの館に足を踏み入れるその前から!あなただって』
 怒鳴って、病床に伏している目の前の父に配慮することを思い出す。言葉に詰まり、それから数秒ののち、申し訳なく首を振る。

『……馬車の事故の時、僕は母さんが守ってくれたおかげで命が助かった。だから、あいつの父親が言ったことをすべて覚えているんです。憎くて、忘れられなかった』
「けれど、彼はただの息子だ」

 穏やかに笑むジョージは、それ以上の答えを必要としなかった。
 そして乾燥する外の空気を震わせる馬のいななきを遠くに聞いて、本当に幸せそうに笑みを深くしたのだった。






 ディラン・ジョースター。ジョナサン・ジョースターの実の兄であり、一年と二か月ほど年上である。アルファベットの綴りはDylan=Joestar……
ブルネットの髪の毛は日に透かして見ると父親と弟のその色よりも黒く艶やかで、意地の悪そうな高い鼻と長めの足は全く持って男らしくなかった。
 

 彼の肩に星の痣は無い。 

 それはつまり、彼の平穏な人生に何の関係もない。しかし彼の現在の悩み事について、それは大いに問題のあることだった。

『どうしてディオ・ブランド―の過去を探れないんだッ!』
 “弟たち”が父親の部屋に現れたので部屋に戻ったディランは、父親の代わりをしている貿易商に関する書類の山を力いっぱいに崩した。癇癪を起こした子どものように荒く息を吐き、血走った眼がひらひらと舞う紙を捉えると、それらの一枚がぴたりと空中で静止した。

彼はひとりごちた。
『誰にも言えない事なのだ。僕だけで探さなくてはならない事なのだ』

 彼の手元に引き寄せられる手品のように、一枚の紙は細かい文字が読めるほどの近さまでひとりでに動いた。
 そこにはこう書かれている。“ロンドンの下町における犯罪履歴……特に黄色い鼠とお友達になれる素敵な労働者の町について”






 さて。
 深紅のロマンホラーを期待して興醒めの気分になった読者もいるだろうが、それでも次の機会に、彼についてこれ以上の説明をすることを許してほしい。

 なぜなら、ディラン・ジョースターは血脈を除き本当にただの人なのだ。
 
 


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