一人と一人と、ひとりの邂逅

 
 どこから彼の半生を語るか、と聞かれたときに、その時代のジョースター家を知るものならば皆口を揃えて「ディラン坊っちゃまに二人目の弟が出来たときだ」と言うことだろう。

 本当は彼の数奇な人生はもう少し前に始まっていたのだが、一先ずは彼らの言う通りのところから話は始まる。






「君はディオ・ブランドーだね?」
 体のあちこちに傷を負った少年が、もう一人に問いかけている。
「そういう君はジョナサン・ジョースター」
 美しい金の髪を靡かせたディオは、顎をクッと引いて笑んだ。
 
 彼らの冒険譚の始まりがまさに今、最初の舞台となるジョースター邸の前で行われていたのだが、窓のガラス越しにそれを眺める者がいた。
 二人いた。ジョナサンの父親である卿と、彼の面影を残した青少年。射し込む陽光を一身に浴びた卿は、二階から彼の子供たちを見下ろして穏やかに微笑んでいた。

「あの金色の髪の子供がそうなのだろう。わたしも初めて目にした」
『彼が……ディオ』
 もう一人が眠たげな顔つきで窓の外を覗く。縁に手をかけて、しかし眼は動作一つさえ見逃さぬようじっくり観察しているように見える。

『ジョナサンと同じくらいでしょうか?背丈が似ている』
「手紙に依れば、ジョナサンより一つほど年下のようだよ。まあ大きく言えば同じ年だ。彼もわたしたちの家族になるんだ……さあ迎えの準備をしよう、おまえも髪を整えてきなさい」
『ええ。分かりました』
 二つ返事で卿を見送った彼はもう一瞥だけ窓の外に視線をくれてやると、眉根をピクリと震わせ、それからたまたま近くを掃除していた召し使いを呼び止めて、何事かを短く伝えるとすぐに自分の部屋へと歩んでいった。





「さて、まずはお互い名乗るところから始めようじゃあないか。わたしがこの館の主人、ジョージ・ジョースター。そして長男のディラン、次男にジョナサン」
『ディラン・ジョースターだ。ロンドンからの友人にお辞儀を』
 手を左右に広げ、軽く姿勢を屈めて挨拶をする長男坊にディオは、目だけでジロリと眺めると何も言わず立っていた。
「僕はさっきも名乗ったけど、ジョナサン・ジョースター……」
 一度目の自己紹介よりも、次男坊はいくらか気落ちした様子でいた。

「さ、疲れたろうディオくん。ロンドンからは遠いからね」
 ジョースター卿は右手を広げる。つまり、ディオから見ると左にはこの館の使用人であろう人々が一同に並んでいた。中には何か白い箱を持った召し使いがいる。
「君はわたしたちの家族だ。息子達と同じように生活してくれたまえ。私は貿易の仕事をしていてね、彼らが家事をしてくれるみんなだ」
 それから卿はジョナサンとディランの肩を抱き、彼らも母親を亡くしているし、同じくらいの年なので仲良くしてやってくれと優しげに微笑んだ。

 父親に抱き締められたことで距離が近くなった兄弟のうち、兄は少年に気づかれないよう小さな声で耳打ちした。
『ジョジョ、ダニーには召し使いに手当てして貰おう。さっき言っておいたから……お前も擦り傷だらけだけど彼にやられたのかい?』
「いいや……ダニーのことは気にしないことにするよ。彼も急に犬が走ってきてびっくりしたんだろうし」
 それでも弟の納得がいかない態度に、兄は新しい家族をきつく見据えた。


「来たまえディオくん、君の部屋へ案内しよう」
 ジョジョたちを解放して反転した卿に続き、ディオはよく掃除された絨毯の上を靴で踏みしめた。と、視界の端に何か奇妙なものを見つけて立ち止まる。
 不思議な仮面だった。材質は石だろうか、ひんやりとして重そうに壁にかけられている。もっとよく見るよりも前に彼の鞄に手がかけられて、ディオは反射的にそれを掴んで捻り上げた。
 鞄を持とうとしたのはディランだった。
『……』
「僕の鞄に気安く触れるんじゃあないぜ」
『人聞きの悪い。僕は君の鞄を運んであげようとしただけだ』
「けっこう!荷物はさっそく召し使いに運んでもらう」 
 直ぐ様ディランの腕を逆方向に捻ったディオは、その勢いで彼の腹に肘打ちを食らわす……



ことはできなかった。いとも容易く肘が手のひらに包み込まれたのだ、と理解するよりも先にディランを振り払って間合いをとったディオは、肘を突き出した方の上着を汚いものでも落とすかのように手の甲で拭いた。
『ここは貧民街じゃあないんだ、安心しなよ』
 ディランは力を入れた様子もなく、捻られた腕を痛そうに擦っていた。
 
「……」
『ダニーを蹴ったのも反射かい?新しいところで不安なのはしょうがないけれど、後で飼い主に謝っておくんだよ』
 飼い主。その単語が床に転げ落ちたとき、明らかにディランは不信と挑発とをもってディオ・ブランドーを侮蔑していた。

「何をしているんだ?早く来なさい」
「兄さん?」
『すみません父さん、なんにもないから大丈夫だよジョジョ。ほら、行くよ』
 既に二階まで階段を昇りきっている親子が上から顔を出すのに応えて、ディランは軽やかに赤い絨毯の道を進んでいく。
 ちゃっかりディオの荷物を持って運んでいるのを目にしたディオは顔をこわばらせて、それから心底おぞましいと言わんばかりに瞳の奥を煮えたぎらせたのだった。
 


    


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