君と未来を歩む | ナノ




挙げ句の果てのマスターピース



いつにも増して露伴の雰囲気が険悪だったので原因を尋ねてみると、どうやら美術部のやつと口論になったらしい。そういえば今度の発表会、露伴は絵画を提出するんだったか。




軽く説明すると、この学校には一年に一度学習発表会というものがある。平たく表現すれば文化祭のよりツマラナイやつで、うちは結構自由度が高く個人で好きな科目を選んで取り組むことができる。夏休みを使って製作やレポートなどを書くのが普通のやり方だ。
例えば露伴であれば一枚絵を描く、おれなら家庭料理のレシピを纏めて提出しようと思っている。

『そんでテメーはよぉ〜、今度はどんな意地張っとるんだ?』
「意地じゃあない、正当な怒りってものだぜこれはッ!!
 美術部の連中が僕の絵を侮辱してきたんだよ」
苛立つ露伴の長い前髪が揺れ、つり上がった目を見せてまた隠す。まさか他のヤツの絵をこっぴどく品評したとかじゃあないだろうな、と疑っていたのだがどうやら違うみたいだ。フォローが成り立たない訳ではない。

じゃあなんで彼らは露伴の作品をバカにする必要があったのだろうか。気味が悪いぐらいリアルでめちゃウマな絵を見て恐ろしくなったのか?それとも日頃の露伴への個人的な恨み?
『ちなみになんて言われたんだよ』
「「気持ち悪い」「そんな絵は認められない」だってさ。いくら部活で学んでいると言ってもたかが知れているな、“写実的”と表現して欲しい」
これは前者かもしれない。

そしてさらに疑問が湧く。ここまで露伴が怒るってことは、相当な傑作なんだろう。

だけどおれは見せてもらっていない!いつもなら作業風景ぐらい簡単に見せてもらえるのに、今回だけはそんなそぶり一度も見せなかった。まあおれもレポート書くのが忙しかったからその時描き上げたのかもしれない。
しかし露伴の絵を知る美術部がそんな酷評するなんて……まさかす、好きなオンナのコをこの夏の間描いていたとかじゃあないだろうな?おれに黙っているだなんて水くせえーぜコラ!
様々な名推理を頭の中ではじき出し、にんまりと人の良い笑みを意識して露伴を見る。
「な、なんだよその顔は」
『とにかくよぉー現物を見てからでなくちゃあ分かるモンも分かんねえだろ?ちょーっとそれ見せてくんなァーい?』
最高のスマイルを駆使して露伴にお願いする。さっきとは違う意味で顔をしかめた露伴は、暫くこちらから視線を外してさ迷わせた後、観念したかのように「……分かった」と呟いたのだった。








「な ……やばい、逃げるぞッ!」
美術室の鍵を預かっている先生に事情を話してついてきてもらったのだけれど、目的の教室に着いた途端その扉の中から慌てたような叫び声が上がり、次いでバタンバタンと何かが倒れる音が追う。二人分の足音も聞こえた。思わず露伴と顔を見合わせる。
今そこの部屋は誰も入れない状態のはずなのに、一体誰が?一瞬思ったが、まず美術部の生徒しかいないだろう。露伴も最初こそ驚いていたが、すぐに声の方へと向き直った。
慌てた先生がガチャガチャと鍵をこねくり回し、やっと開いたその先には、

「ぼ……僕の絵……が……………」
『………ひっでー事すんじゃあねーかよ……』
数枚のキャンバスは床に投げ出され、開け放たれた窓から秋のうすら寒い風が入ってきた。

そして中心、もっとも目立つ場所。

他の絵画から引き離されたように立つイーゼルに乗っかって、ぐちゃぐちゃに破かれたキャンバスの布が風に揺らいでいた。




『ろ、露伴……』
唖然とした様子の露伴は、瞬きも呼吸さえも忘れたかのように立ち尽くしていた。
先生も初めの方こそ驚いていたが、今は持ち直して他のキャンバスを立て掛ける作業に徹している。埃やら床に付着して乾ききっていなかった絵の具などでそれらも駄目になってしまっているようで、時折くぐもった声で文句を言っているのが聞こえた。

「西之谷くん、すまないが作業を手伝ってもらえないか?
 岸辺くんは、そうだな、まだショックが大きいみたいだし休ませてあげなさい」
『分かったッス』
言われた通り近くの椅子に露伴を座らせ、倒れて折り畳まれたイーゼルを元のように組み立てる。

美術室に踏み入った時点で犯人は窓から逃げていて顔は分からなかった。けれど、この部屋の状態から相当焦っていたんだと思う。露伴のものらしきビリビリの絵からほぼ一直線に、窓までの距離に置いてあった作品だけが被害にあっているのだ。
そしてあの「逃げるぞ」と誰かに指示していた声から察するに、目的は露伴の絵を台無しにすること。多分どうにかして美術室に忍び込み(部員なら部長から合い鍵を借りられるから容易い)、目的を達成した直後におれたちの足音が聞こえ焦った、といったところか。
それはもしや……

ところで、絵の内容はどんなものなんだろう。それがそもそもの目的だったはずだ。
注意されない程度まで片付けを終え、ちらりと二人を見るとこちらに興味を示していないみたいだった。特に露伴はまだぼんやりしている。
こっそりと絵に近づき、めくれて垂れ下がった布の一つをつまんで持ち上げる。ぱくりと乾いた絵の具の割れる音がして思わずびびってしまったが、露伴の所からは音が小さくて聞こえなかったようだ。気づかれていない。

この部分を持ち上げて、もう一方も纏めてパズルのピースのように合わせて。

キャンバスが若干大きくて戸惑ったが、なんとか描かれているものが判別できるまで布を掬い上げる。

そしてほとんどの布地を破れた中心にまで集め、手のひらで押さえてみて。

一瞬、言葉を失った。



『  ……マジ、かよ』



一瞬言葉を失って、それから頬に熱く血が溜まる。
「これ」を破った犯人に対する怒りか、それとも。





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