クレヨンとおつかい
前におれがナナたちとのけんかで折ったクレヨンが、おかあさんに見つかってしまった朝。
やっぱりおこられてげんこつをもらった。
「丁度良いわ、あなた隣の露伴くんと一緒にお使い行ってきなさい」
思わずおどろいて顔を上げたのは、なにもおれだけじゃなかった。
「なあお前、本当に子供だけで行かせるのか?危険じゃないか?」
「そろそろ幸彦も年長さんでしょ、自分で出来ることはきっちりやって貰わないと。それに露伴くんも一緒に行くんだし大丈夫よ。昨日のうちに岸辺さんとこの奥さんには話つけてるわ」
「けどなァ、やっぱり子供二人じゃ無理だろ」
「なら…」
おれといっしょのタイミングで新聞から顔を上げたおとうさんはなにやら話し込んでいるけど、おれはすでにがまぐち財布と日よけの帽子をかぶって玄関へ歩き出していた。
はじめてのおつかい。はじめてのひとりだち。はじめての露伴とのおさんぽ。
わくわくした気持ちをおさえてくつをはき、玄関のドアを開けてそのままおとなりの門まで走り出す。少し高いところにあるチャイムを、背伸びをしながらどうにか押した。
『ろーはーんーくうーーんっ、おっでかーけしーまーしょー』
おれが出せる声でいちばん大きなので叫ぶ。
「……うるさい」
しばらくたってガチャリと開いたドアから、イラついた顔の露伴が出てきた。
『クレヨン買いに行くぞ』
「いきなり言われてもよく分かんないよ」
仕方がないので今までの事を話すと、露伴は目を少し丸くして、それからにやりと笑った。
「なるほどね、僕のクレヨンが折れたこと、僕のおかあさんがきみのおかあさんに話したのか」
『露伴はおこられた?』
「いいや。それよりけんかにはかったのかって聞かれたね」
『おあいこだろ』
「どうかな」
おつかいのじゅんびを済ませた露伴と行ってきますをして、今はいっしょにぶんぼうぐ屋さんまでの道を歩いている。
お店までのきょりは、実はそんなに遠くない。俺たちの家から向かって右の道を進んで角を曲がったらすぐにつく。そこはだがし屋さんもくっついていて、ぶじクレヨンを買えたら大きいあめ玉をふたつ買おうとやくそくした。それからちょっとだけ後ろを向いて、二人でくすくすと笑いあった。
「みぎみて、ひだりみて、」
『もういちどみぎをみて、』
「『おててをあげて、わたりましょー』」
おうだんほどうのわたり方はカンペキだった。そんなに車は通らない道だけど、ようじんにはようじんを重ねないといけないから、おれと露伴は指先までピンと伸ばした手を、向こう側に着くまでずっとあげていた。
それからぶんぼうぐ屋さんに入ってお目当てのものをさがしあて、ついでにソーダとコーラのあめもおばちゃんに渡してお金を払う。おれはいつもおかあさんとスーパーに行っているからお金のかちってものが分かるのだが、露伴はおさいふの中を見たままぽかんとしていたので、仕方なくどれが何円なのか教えてやった。
『いいか、これが100円玉、これが10円玉、これが1円』
「お金のおもてを見ればいいんだね、もうおぼえた」
『……』
「……何笑ってんのさ」
仕方なく、ほんとうに仕方なく教えてやったとき、こいつでも知らないことはあるんだなと思った。すうじがかいてある方が裏だと言えば、おどろいたように目を見開いた。何もかもオミトオシの露伴じゃないことがどうしようもなくうれしくて笑ったら、笑うなとげんこつを食らった。
『クレヨンおっけー、アメオッケー。よし、かえろうぜ』
「うん」
おれはソーダあめを、露伴はコーラあめを口に入れて来た道をふり返る。
『……おとうさんと、露伴とこのおとうさん』
「………なにしにきたんだい」
だいのおとながふたりしてかべに引っ付いている。
「いやいやいやちょっとお父さんもお使いを頼まれてだね!!別に幸彦達が心配だった訳じゃないぞ!!ねえ岸辺さん!!?」
「えっあっはいそうですそうです!!いやー本当にちらっと見えただけなんだが立派にお使いしてたな偉いぞ露伴!!」
おおあわてのおとうさんふたり組に、またくすくすと露伴が笑った。じつはもうとっくにおとなたちが後ろから見ていたことには気が付いていて、露伴とあんまり笑わないようにがまんしていたのだ。
『おとうさん、グミ買ってグミ!!』
「僕チョコがいいな」
けっきょく4人でお店にぎゃく戻りして、もう一つずつお菓子を買ってもらったのだった。
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