君と未来を歩む | ナノ




重ならなかった思惑



あの日から、おれはわけの分からない変な感覚に悩まされた。

それは父さんや母さんと話をしているときや、お前やななみ達と話しているとき、猫の墓でお参りしている時なんかによく起こる。急になるんじゃなくて、何て言ったらいいんだろうか。ひとつまばたきする間に、ひとつ息をする間に、自分が水の中に潜んでいるような息苦しさを感じるんだ。

もしかしたら自分はここにいないんじゃあないか、と。



『おれとお前らとでは幼稚園から今まで一緒だからよぉ、考えてることや何やらはもちろんお見通しだぜ、そりゃ。露伴だっておれのことならなんだって分かるだろ?』
「分からないからこうして聞いてるんじゃあないか」
それもそうか、と一つ頷く。頷いた後、重力のせいでゴツンと床に頭がぶつかって痛んだ。

露伴は今、押し倒されたおれの上にまたがっている。
そして左手をのどぼとけに被せるように置き、右手にはべったりとだえきの付いた試験管を持って口元に当てていた。
いつでもおれの息を止められるように。





おれが意識を露伴からはずしている間、露伴はそれに気づくと急いで足に扉の隙間を引っ掻けて開き、おれの目に入らないようすぐさま長机の下に隠れてやり過ごした。こっちはこっちで外に逃げたとしか思っていなかったから全く気づかなかったので、まんまとこいつの策にひっかかってしまったのだ。
それから近くにあった試験管の一つをつかみ、こっそり忍び寄られて後は察しの通り。
こいつが色々と機転が利くせいなのか、おれがただのアホなのか。いや、どちらも間違っていないからこそ誤解してしまったんだろう。




口の中にガラス管が入ってきているのに気付き、慌てて目を露伴に戻す。
「今……何を考えていた?さっきも言ったろ、ヘンな動きをしたらこの試験管をギリギリ取り出せるまで飲み込ませて……気管を封じるってね」
こいつ目がマジだッ!おれが理由を話す気が無けりゃ問答無用でちっ息させる気でいる!
更にググ、と押し込まれ、ちょっぴり気管に入ってきたのを更にのどを絞められて息の通り道を塞がれる。
『あ、がぐゅっ』
「話す気になったか」
必死に首を縦に振ればようやく離してくれた。相変わらず両手はスタンバイしているが。

変なところにツバが入って咳き込みながらも、息を続かせるために必死で話す。
『ゲフッ……だ、だけど人以上の力ってのはアレだろ?普通の人にとっちゃ危険物以外の何物でも無いし、同時に言うこと聞かせられれば他人をどうにでもできる。
運動会で露伴がおれに注意したみてえに周りにバレたら危険ばっかだ。
そんな周りを信じらんねートコにいたら、嫌でも距離をとって警戒するしかねえのよ。おれはここにはいませんよーってさ』

後は先に話した通りに。だから露伴を疑ったのだと言って締めくくれば、まったくの無言の時間が長く続いた。
一分か二分か、実際にどれだけかは知らないが気まずい沈黙が耐えられなくなりそうになったとき、ようやく馬乗りにおれに座っている元親友が口を開いた。


「僕は」


単語を一つ音として作り上げ、それからまたしばらく口をつむる。何と言葉にして良いのかわからないのだろう。両の手はまだ首と試験官にそえられているが、目を伏せてゆっくりと瞬きをするその顔はどこか戸惑って迷っているようにも見えた。
「……僕は、きみを」
一言一言意味を確かめるように呟く。

「特別に許そうと……思うよ」


『おめー正気か?』

思わず聞いてしまった。何処までかは分からないが、親友であったこいつを疑い、友情を壊し、あげくの果てに記憶まで消そうとしたおれを、こいつはあえて許そうと言っているのだ。
「よくある喧嘩の一つだと思えば、それで丸く収まる。僕だってきみに分かるように説明してさえいればこんなすれ違いは生まれなかったのさ、僕は……きみを一度引き離すことで、
他にも、
その、
きみには友人がちゃんといるじゃあないかと、」

口を動かしているうちにどんどんと真っ赤になっていく露伴にたえきれなくなって、ププッと吹き出してしまった。
なるほど、今やっと分かった、こいつはただの不器用だ。
ガチガチに身構えなくても、おれの周りは安全なんだと。自分がいなくても安心だと伝えたかったんだ。おれが普通の生活を送れるように。

押さえつけられている身をよじってその場に転がりながら震えていると、気づいた露伴が今度は怒りで顔を真っ赤にする。

「きみは本当にばかだ!次やったら絶対に許さないぜ!」
『ッヒヒ、あははは、イヤゴメンね〜っ露伴くん!おれもおめーのこと友人だと思って、ウヒヒヒハハハハハッ!』
「こいつ、もう僕は知らん!試験管は君が洗っておけよッ!」

大口を開けていたせいで無防備だったのど奥にガラス菅を突き立てられ、つぶれた蛙のような声が出る。

ぐえ、と呻いたおれをほっぽって、そいつは耳まで血が昇っている顔を隠しもせずに理科室を出ていったのだった。









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