距離が、離れてく

ざわざわと忙しなく人々が交差する。神奈川とは全く違う人の多さに辺りを見回し、魅桜は本来の目的地である氷帝学園へと足を進めた。






というわけで東京に来た翌日。
柳や父さん、精市の両親の協力により転校手続きを終えた僕は、何故か厄介なことに巻き込まれていた。
『お嬢さん、テニス部のマネージャーならへん?』
『ならない』
『俺様が認めるってのに、何が不満なんだよ、アーン?』
『何もかもだよ』
自称氷帝のキング(思わず吹き出しそうになった)である跡部に絡まれてしまった。事の始まりはだいたい三十分くらい前……。
僕はある女の子と待ち合わせで、迷子になりそうな校舎を彷徨いていたら、そこで跡部とぶつかってしまった。ここまではいいとしよう。
さて、ここで僕は一言詫びを入れてさっさと帰ろうとした。するとさっきの関西弁男がキング(笑)を探しに来たらしく、小走りで僕と跡部の元へと近づいてきた。立海の制服のままだったからか、物珍しそうにじろじろと見られると、ナンパに近い台詞をかわして逃げようとした。するとさっきの台詞。それが幾度も繰り返されていた。
『別にええやん。氷帝テニス部のマネージャーなんて、誰もが羨むポジションやで?』
『だから嫌なんだ』
別に転校したからってそこで有意義な学校生活、なんてさっぱり考えて無かった。寧ろ一時的なもので事が丸く収まればさっさと立海に戻るつもりなのだ。
それまでの一時的な避難場所くらいにしか考えてない。
それに、ぶっちゃけ僕は氷帝より立海の応援をしたいから。これだけは変わらない。それを伝えれば、関西弁の男……忍足は眉を顰めた。
『そない冷たいこと言わんでええやん、お嬢さん。折角の美人が台無しやで?』
『そのお嬢さんってのヤメロ』
わざとらしく怪訝な表情になると、跡部はついに折れたようだ。
『……そこまで言うなら仕方ねぇな』
意外だった。少し話しただけでも分かるくらいの跡部の俺様ぶりなら、無理矢理にでもマネージャーにすると思ったのに。
『おい、お前……名前教えろ』
『……巫魅桜』
『巫…?幸村の幼馴染か』
『あぁ、知っているのか』
『中学テニス界じゃ有名や』
巫さん知らんかったん? と忍足がわざとらしく言ったので知らない、と返そうとしたが、一人の少女の高い声に遮られた。
『ごめんなさい、声、かけようとしたけど、』
『あぁ、悪かったね、待たせて。行こうか』
じゃあね、と踵を返せば、お嬢さんまたな、と忍足がウインクしてきたが、なんかうざいから無視しといた。
『先輩、テニス部に入る?』
『まさか』








翌日。
担任にここで待っているように言われ大人しく廊下で待っていると、少ししてから入るように言われた。
転校生のノウハウなんか僕は知らなかったが、そんなことより現実逃避したいレベルの人物がいた。

跡部だ。なるべく視線を合わせないようにという僕の努力も虚しく、空席が跡部の隣しか無かったのでしぶしぶそこに座った。


休み時間。
僕は何人かの女子に囲まれていた。
『巫さんはどちらからいらっしゃったんですの?』
『神奈川だよ、そこで生まれ育ったんだ』
『まぁ、素敵ですわね』
何がどう素敵なんだ。
まずこんなボンボン学校だったなんて柳も誰も教えてくれなかったぞ。どういうことだ柳。真田とかも一言くらい教えてくれたっていいじゃないかあの老け顔め。
ああもう跡部でいい。跡部でいいから助けてくれ。



そんなこんなで授業開始前から疲れがどっと押し寄せてきたが、本題はここからだった。
一限目、二限目はまあいい。三限目は体育。
上着を脱ぐまで何人かは僕を男だと思っていた子達がぽかんとしていたのをよーーーーく覚えている。跡部にあれ見られてたら笑われるだろうなぁ……。
『お、巫さんやん』
『……やあ忍足おはよう』
何が悲しくて忍足に会わなきゃいけないんだ。
『巫さん足綺麗やなぁ、男子の制服なんか着て……勿体無いで?』
『うっさい親父くさいぞ』
クラスの女子からも散々言われた。やれシャンプーはどこのブランド使っているだのやれ肌の手入れはどこのエステだの…全部天然だよ。

忍足を回避し、再び着替えて四限目。何で外国語なんて義務教育でやるんだよ。いや立海にいた頃はフランス語と英語、あと何ヵ国語か選択できたけど僕は英語を選んだ気がする。
僕英語しか分からないぞ何語喋ってんだ先生。
そして昼休み。購買でパンでも買おうとして値段を見ると……パタン、と財布を仕舞った。
……これは高い。高すぎる。ぼったくりだろ。いくら嬢ちゃん坊っちゃん揃っているからって、一般家庭の生徒だっているんだぞ。
仕方なくカレーでも食べようと食券を買おうとした時。僕は食堂を後にした。
カレーが二千円って何だよ。確実にぼったくる気だろ。
そうして僕は最終手段を取った。
近くのコンビニまでひとっ走りしてサンドイッチとミルクティーを買ってきたのだ。
中庭で座り込んでサンドイッチを口に放り込みながらぼんやりと空を見上げる。
立海にいた頃は、毎日精市と屋上庭園で昼食を食べていたから、もっと空が近く感じたような気がする。
今まで近くにあったものが離れていく、そんな一抹の不安をひっそりと抱えていた。






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