だって不安が消えない

 とても寒くて雪が降りそうなある日、それは起こった。

 いつものよりも少し早く起きた日、男子用の制服に着替えて家を出ると、家の前に精市が立っていた。
『精市……おはよう、どうしたの?』
『魅桜、おはよう。一緒に学校行かないかい?』
『うん……いいけど』
 待ってた? と聞けば、ちょっとだけと言って微笑んだ。
 精市のちょっとはどれだけかわからないけれど、隣を歩く精市の手は少し触れただけでも冷たくなっていることに気付いた。
 すると、精市は指を絡めてて、手を繋ぐ形になった。
『精市、実はけっこう待ってただろ』
『…さぁ、どうだろうね』
 精市ははぐらかすと、改札についたから、と手を放してからホームに向かう。
 そのほんの少しの間も、精市は手を絡めてくる。
『精市、巫、おはよう』
『真田、柳、それに柳生、おはよう』
『おはよう、みんな』
 みんなに挨拶をした時、柳生の腕に巻かれた包帯に目を向けた。
『柳生、それどうしたの?』
『ああ、昨日捻ってしまって』
 大したことはありませんよ、そう言う柳生に疑問を抱いたが、真田に声を掛けられたので気に留めなかった。
『巫、お前はやはりテニス部のマネージャーになる気はないか?』
『その方が精市のコンディションも上がる。その確率97%だ』
『うーん……そうだなぁ……どうし』
『駄目だ!』
『え、精市……?』
 急に会話を遮ったのは精市。珍しく余裕のない表情で不安の色を表していた。
『だって魅桜は父子家庭で、家のことも全部自分でやっているし、ほぼ一人暮らしみたいなものだから、無茶をさせたらいけないよ』
『……そうだな、すまん巫』
『いや、僕よりも精市のほうがちゃんと先を考えている。精市の優しさだよ』
 謝罪を述べる真田に気にするな、と言って再び精市と向き合う形になった。


 帰り道、委員会の仕事で遅くなり、精市と一緒に帰ることになった。
 他愛もない話をしながらホームで電車を待っていたその時。

 精市の身体は大きく揺れ、冷たく冷えきったコンクリートに打ち付けた。

 何が起こったか、わからない。

 けれど、周りのざわめき、いつの間にか居た真田達の焦りの声、全てすり抜けていく。全身の力が抜けてへたりと膝をつくと、精市が僕の名前を呼びながら苦しそうに手を伸ばす。その手は酷く震えて、僕の手にもそれが伝わってきた。

『魅桜、魅桜、魅桜っ……』

『せ、いち……?』
『こっちです! こっちに人が……!』
 精市は、立つこともままならない状態で、担架に乗せられて運ばれた。
『う、そ……精市……』
『巫……、』
『精市! 精市!?』
『巫さん!?』

 それから、意識はぶつっと切れて、再び目を覚ましたのは白で統一された病院の中だった。

『魅桜っ!』
『父さん……』
 海外に居るはずの父さんが居た。
 父さんは僕が倒れたと聞いて、たまたま日本に帰国していたので駆けつけて来たらしい。
『どこか痛いのか? 無茶をしていたんじゃないのか?』
『……ううん、それより……精市が……!』
 医者は一通り診察をすると、もう大丈夫ですよ、と微笑んだ。
 教えて貰った精市の病室へ向かうと、病室の前でテニス部のレギュラー達が揃っている。
『真田、』
『巫!? 大丈夫なのか?』
『ああ、それよりも、精市は……?』
 真田は僕が精市の名前を出すと、言葉を選んで話してくれた。
 精市はギラン・バレー症候群に酷似した病にかかり、入院生活を余儀なくされたということを。
『……その、巫先輩、幸村部長に、会って欲しいッス! お願いします!』
 切原が頭を下げて来た。お願いします! と頭を上げずに何度も何度も。
『……いや元々精市のとこに行くつもりだったんだけど』
 心の準備をしてから精市の病室に入ると、精市は苦痛に歪む表情で上半身をゆっくりと起こした。
『精市……駄目だろ、寝てないと……!』
 慌てて精市に駆け寄ると、精市は僕に触れて来た。
 その手はガタガタと震えている。
『魅桜……魅桜……!』
 ……ああ、僕は、これを知っている。これは……不安と、恐怖だ。
『大丈夫だ、精市、大丈夫だから、』
 精市に掛ける言葉が見つからず、精市の手を握ることくらいしか僕は出来なかった。

 次の日から精市の見舞いが始まった。

 けれど、僕も不安で堪らなかった。





『魅桜魅桜魅桜魅桜魅桜魅桜魅桜魅桜魅桜……』

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