灰崎と青峰の
2015/07/05 15:43
綺麗な薔薇には棘があると、どこかで聞いたことがある。
『あら青峰くん、こんにちは』
『……みょうじか』
みょうじなまえという女子は華やかな美しさを持っていた。
艶やかな髪も、華奢な身体も、異性の目を惹くには充分すぎるほどに。
『今から部活?』
『ああ、まあな』
だが、同時に浮名が絶えることなく語られていた。中学に入学してほんの半年ほどにも関わらず、その浮名は学校中に知れ渡っている。
付き合いは長くても二ヶ月ほど。その容姿に惹かれて付き合った男は数知れず。
『なんだダイキじゃん。さつき以外の女がお前と話すなんてどんな物好……き……』
ニヤニヤしながらこっちに歩いて来ていた灰崎は、俺の隣にいたみょうじを見るなりひくりと顔を引きつらせる。
『あら祥吾。学校で会うのは久々ね』
『なまえ……! お前だったのかよ……』
『それより、随分愉快な話が聞こえてきたのだけれど?』
『な、んでもねえよ』
よく見ると灰崎の顔からは血の気が引いて青くなっている。
『……悪ぃ、俺急用思い出し』
『待ちなさい』
後ずさる灰崎の腕をがっしりと掴むと、にっこりとみょうじは微笑む。反面、灰崎は顔面蒼白で泣きそうな顔をしている。
『普段からサボっているのだから、今日くらいは参加しなさい、ほら』
『げ、誰だこいつ焚きつけたの! うわっ、離せ……ぎゃぁぁぁぁ!』
みょうじはがしっと灰崎の腕を掴んだまま、ズルズルと引き摺りながら部室の方へと向かう。階段に差し掛かった所でくるりと俺の方へ振り向くと、再びにっこりと笑いかけてきた。
そして背中を向けるみょうじの背中を見送っていると、再び灰崎の悲鳴のような叫びが聞こえたが、それは段々遠退いていった。
『……何だったんだあれ』
若干気になっていたので部活を終えた部室で、げっそりと青褪めた灰崎に聞くと、絶望的な低い声で語り始めた。
『……いとこだよ。家も近くてな、昔から頻繁に顔合わせてたんだが……』
『お前あんな美人がいとこなのかよ!』
『お前だってさつきがいるだろ』
『何でそこでさつきが出るんだ』
『……まあとにかく、俺はガキの頃から散々あいつにいじめられてた』
『はぁ? うっそだろ』
『マジだよ。外に出れば木の枝で身体中叩かれ、石で頭をかち割られ、公園の池に突き落とされた時もあったぞ』
『…………いやいや、ねーわ。お前作り話の天才だろ』
『だから作り話じゃねーよ』
灰崎の声は絶望的に低いままだ。……マジか。嘘だろ。
と思いつつこいつの話に耳を傾けてしまう俺。半信半疑ってやつか。
『ダイキ、なまえだけは止めとけ。あいつと付き合うくらいなら死ぬまで童貞のがまだマシだ』
『いや別に付き合いたいとまでは思わねえから』
『ならいいけどよ……しかもな、あいつ……砂場で遊べば泥団子を頭にぶつけてきたし、それに…………いや、これは止めとくか』
『ん? それに? どうしたんだよ』
『……ミミズを口に詰められかけたこともあった……』
『…………はぁ!?』
流石に引く。灰崎の試合でも滅多に見ない真剣な目に訴えられ、事実であると認めざるを得ない。
『今じゃ虫なんて怖くて触れませーんって顔してるけどなぁ……』
俺が言えば灰崎は益々沈んだままのトーンで語る。
『……中学に入ってからの変わり様身の早さが俺の人生で最大のトラウマ』
『まだ中一のくせに何言ってんだ』
『いいや、あれ以上のトラウマがあったら俺出家する』
『…………』
人は見かけによらないとは、よく言ったものだ。
他にもペラペラとみょうじに関して延々と語る灰崎の後ろに、小柄な人影を見つけて背筋が凍った。
『……灰崎、後ろ』
『あ? うし、……ひっ!?』
その後ろには正に今話題になっていた#みょうじ#の姿。にっこりと笑ってはいるが、その雰囲気は怒りを纏っていることなど、俺でも簡単に察した。
『あら祥吾、昔話? 随分懐かしい話をしているようね。私も混ぜてくれる?』
だらだらと冷や汗が絶えなく流れる灰崎の姿を見つつ、俺はそれとなく部室を出て、逃げるように離れた。
灰崎、お前のことは忘れねえ。
翌日、包帯と絆創膏塗れになっている灰崎を見て、人は見かけによらず、という言葉が俺の脳裏に深く刻まれることになった。