私と後輩の昼休み

私と後輩のお昼休み

「ごめんね、待った?」

教室を出て、廊下にもたれかかっている財前に声をかける。

「いや、どうせ先輩遅くなると思って今来たところっすわ」

そういえば財前に、4時間目が体育だって自分から言ったなって思い出す。

もう一度謝罪の言葉を述べて、さあ行こうかとお弁当の入った鞄を抱え直した。

2人で肩を並べて進む先にはいつもの裏庭。
私たちはいつからだったか、2人に用事がないときは裏庭でお昼をともにしている。
きっかけはもう忘れてしまった。


お弁当を広げながら話すのは、私の4時間目の出来事。

女子は女子で、男子たちがするサッカーとはまた別のしんどさがある。
なんたってみんな上手じゃない。
中には運動神経のいい子が華麗なドリブルを披露したりするけど、1人じゃパスはまわらない。
そんなわけで、いわゆる運動神経がいい子ではない私は、先ほどの時間ボールに群がりみんなにもみくちゃにされた。


「先輩って、別に大したことでも無いことを、めっちゃ楽しそうに話しますよね」

「えっ、そうかな?」

「だって、その話も先輩が体育楽しかったことしか分からへん」

「楽しそうに見える?ていうか何かバカにしてるでしょ」

「まさか馬鹿になんかしてませんわ。人聞きが悪いこと言わんといてくれます?というか楽しくなかったんすか?」

「いや、めちゃくちゃ楽しかったよ…」

「ちゃんと伝わっててよかったやないですか」

「あ、またバカにしてる」


ふっ、とお弁当に視線を戻しながら財前が笑った。それは小さな子供に笑いかけるように。
やっぱりバカにされてる…。











「そうそう先輩、これ助かりましたわ」

お弁当を食べ終わって、お弁当箱を包み直した財前が右手に持っているのは私の英語辞典。


「あ、はいはい、どういたしまして」


私は両手でそれを受け取って、財前に笑顔を向ける。
財前の役に立った私の辞典ちゃん、お疲れ。








辞典を自分の鞄に仕舞っているとふいに名前を呼ばれた。





「名前先輩、」






当たり前だが、それは目の前にいる財前で。





「ん?なに?」





一瞬だった。なんか財前が近づいてくるな、なんてのんきにしていたら私の唇を、財前の唇がかすめた。






突然のことに目を閉じれるはずもなく、私は未だに目を見開いている。







私から離れて、また同じ距離間に戻った財前も、こちらを見て固まっていた。


















「…は?」





ちなみにこの一言は財前から発せられた。

なんで財前の方が驚いたような顔をしているのだろうか。勘弁してほしい。





「あれ、え、ちゃう、ちゃうんです、いや、」



話し出したかと思えば、財前の口からこぼれたのは弁解を述べる財前にはめずらしい情けない声。









「違う、の?なにが?」



私はほとほと困り果ててしまった。財前はこれが事故とでも言いたいのだろうか。




「いや、ちゃうとか、違うくて…」



財前は言いよどむ。



よく見れば、いや、よく見なくても財前の顔は真っ赤だ。
かくいう私だって同じだろう。
自分の心臓の音がすごい速さで脈打っているのが分かる。








さぁっと、二人の間を風が吹き抜けて私の髪を揺らした。







財前はうつむき加減で小さく「ああ、もう俺むっちゃ格好悪い」そう呟くと意を決したように、バッと顔を上げた。


「俺、名前先輩のこと、好き、なんです。むっちゃ、むっちゃ好きなんです」


財前の目が真っ直ぐ私を射抜く。






その瞬間、時間が止まった気がした。






その間に財前は顔を伏せてしまい、本当はもっとタイミングが…、とか、もっと余裕を持った感じに言いたかったのに…などブツブツ言っている。



しばらく動かない私に痺れを切らしたのか、財前がさっきの勢いは一体どこへ行ったのか疑問に思うほどの弱い目線で私の顔を覗き込む。







そして、ようやく金縛りから解かれた私はへにゃりと表情を崩してこう言った。






「財前、順番がおかしいよ」






やっとの思いで出た言葉は、自分で言うのも何だが、ずいぶん間の抜けたものだった。











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