エマージェンシーエマージェンシー。
誰か、わたくし名字のアイポッドさん、知りませんか?
「さっきからそわそわと何しとんねん、名前」
「へ?あ、私のアイポッドさん知らん?」
「アイポッドさん?知らんよ。
そういえば名前はいっつもアイポッド握りしめとるよな」
そう、この友人に指摘されたように私はただの音楽厨である。
別にジャンルは問わないが、何もしてないときはもちろん、勉強してるときも読書してるときもケイタイ触ってるときも音楽を聴いていないとなぜか落ち着かない。
だから音楽を聴かせてくれるこのミュージックプレイヤーを「さん」付けで呼んでいるのだ。
呼び捨てでなんて、そんなそんな。
「あっれ、トイレから帰ってきたら私の愛しのアイポッドさんおらんなっとんねんけど」
「知らんよー。机の上置いといたんが悪かったんちゃう」
「誰も私のアイポッドさんなんか盗らんやろ、普通」
カバンの中確認してもないし。
ああもう誰やねん、私のアイポッドさん拉致ったやつ。
「おい、」
「なんやねん、私はアイポッドさんが一人旅に出てしもて傷心中やねん」
「おい、こっち向けや、これお前のアイポッドやろ?」
「って、おい財前!私のアイポッドさん拉致っとったんお前か!」
「さん、て。拉致、て」
「ええから大人しくそのアイポッドさんを私によこしなさい」
「はいはい」
「ていうかなんで財前は私のアイポッドさん拉致っとたんや?」
「ああ、なんとなくや」
「は、なんとなくで私のアイポッドさん触らんといてくれるか。
この子繊細やねんで」
「それなかなか、」
「おい無視か。繊細のくだり無視なんか」
「それなかなかええ曲入っとんな」
「無視ね。はいはい。無視ね。
てか当たり前やろ、自他共に認める音楽厨の私がセレクトした曲や。
ええ曲ばっかりなんは当たり前っちゅう話や!」
「謙也くんみたいな言い方やな」
「は?謙也くん?」
「こっちの話や」
ああでも良かった。愛しのアイポッドさんも無事帰ってきたし、午後の授業も音楽厨は大人しくイヤホンと仲良くしましょ。
なに聴こかなーっと。
「ああ、そや名字」
「なんやー?」
まだそこおったんか財前。
「さっきなんとなくお前のアイポッド借りたって言うたけどな、本当は好きやからやで」
えっと?
ん?
ん?
「あ、なんや音楽のことかいな。どきっとさせんなや財前。
お前怖いなぁ、そんなんで女の子ドキドキさせるんが趣味なんか?
モテる男はほんま怖いで。あやうくドキドキするところやったわ」
これやからイケメンは困る。なんて言いながら爆笑してやった。
「って、は?なんで財前ふくれんねん」
どしたんや財前。
あいにくイケメン心は分からんのやけど。え?
「阿呆。好きなお前の好きな曲知りたかったから拝借してやったんや。気づけや阿呆」
早口で捲し立てて財前は自分の席まで帰っていった。
阿呆2回言うたで、あいつ。
とりあえず、耳を真っ赤にしたあの子と好きなアーティストの話でもしよか、なんて。