先輩、花火、したいです。 そう彼がいいだしたのは1週間ほど前のこと。 「へ?花火?」 「っす」 いつも無口な彼は御近所のちびっこ。だった海堂薫くん。 1つ年下の彼は、小さなころはいつも名前ちゃん、って呼んでくれてたのにいつのまにか先輩呼びだし。背も高くなった。 しかも仏頂面がデフォの男の子に育ってしまった。 昔は薫ちゃんって呼ぶと女の子みたいな笑顔で寄ってきてくれていたのにね。 最近じゃちゃん付けで呼べば無言で怒られる。 これが思春期ってやつなのね。 お姉ちゃん、うれしいようなさみしいような。 あーあ、かわいかった薫ちゃんは何処に。 「先輩、聞いてますか」 おっと、昔のことを思い出してた。 「えっと、ごめん、花火でしょ?どうしたの、いきなり」 そうだ、いきなり。 しかも彼はもう目の前にテニスの大会を控えている。 最近はそのテニスのせいで薫ちゃんともなかなかお話できていないのに。 「先輩と、花火がしたいんです」 あら、うれしいことをおっしゃってるわ、この子。 「うん、私は全然いいんだけどね、薫くんはテニスの練習とか自主練で疲れてるんじゃないの?」 「いや、いいから、5日後の夜7時に迎えに行くんで。じゃ」 そう言って薫ちゃんはジョギングへ戻って行った。 変な薫ちゃん。 ということで当日。 「先輩、行きましょうか」 「どこでするの?公園?葉末ちゃんは来ないの?」 「公園でします。葉末は来ません。…俺と2人は嫌ですか?」 ああもうかわいい薫ちゃん。 不安そうな目で見つめてきやがって。 「嫌なわけないよ。最近薫くんとお話できてなかったからうれしいよ」 あ、照れた。 準備は全部薫ちゃんがしてくれてた。ちゃんとバケツも用意して。 アスファルトのところにロウソクを立てて、いざ、着火!! 「うっわ、花火久しぶり。 小学校のときは薫くんたちと夏休みはいっつもしてたのにね。 おばさんがさ、おっきな花火のセット買ってきてくれて」 今年は友達とも花火してないな。 ま、夏休みは始まったばっかりだしね。 横では黙々と花火に火をつける薫ちゃん。 静かだけど、目が楽しそうだ。 そうそう、この子はこういう子だった。 「ね、見て見て薫くん!ハート!」 ブンブン花火を振り回すのは私だ。 薫ちゃんはため息をつきながら 「あんまりはしゃぐと、危ないぞ」 なんて言ってる。お父さんみたい。 赤とか青とか緑とか。花火ってやっぱり楽しいね。 「薫くん、楽しい?」 「ああ、もちろん」 それはよかった。 「ねえ薫くん、いつも聞いてる気がするんだけどね、テニス楽しい?」 「当たり前だ」 「そうだよねー。そういえばさ、桃ちゃんがさ『いやー、マムシはまだまだっすね。俺のほうがいけてますよっ』だってさ」 「それって、桃城のモノマネか?」 「え?うん。似てたでしょ」 って無言かよ。 「あ、手持ちの終わっちゃった。線香花火しよっか」 「ああ」 線香花火って終わりって感じしてなんかちょっとさみしいね。 「あ、そうだ薫くん、いつもみたいに線香花火に願掛けしよっか」 最後まで燃え切ったら願いが叶うってやつ。 「なにお願いするの?ていうかいつも薫くんお願いしたこと内緒にするからなー。でも今年はやっぱり全国優勝?」 「いや、それは願うんじゃなくて俺自身ががんばる」 「おっと、海堂薫選手かっこいいこと言いますね!」 「…先輩は、先輩は何を願うんだ?」 「私はね、じゃあ、薫くんが怪我なくがんばれますようにってことで」 「…いつも、だな」 「え?なんで?いつも一緒のお願いじゃないよ」 「いや、そうじゃなくて願う内容がいつも俺のことってことだ。 先輩は、もっと別の、自分のことを願えばいい」 「え?ああそうだね。いつも薫くんのことばっか願ってたか。うん、無意識。でもさ、薫ちゃん、君はいつでも私の一番だからね」 君のことを想って願うのは当たり前でしょ? 2人の間を真夏の風が通り抜けていく。 薫ちゃんは固まったままだ。 あ、線香花火落ちた。 「どうかな?変かな?」 薫ちゃんは顔を真っ赤にしてる。 さっき私が言ったことでも反復してるんだろうな。 「お、俺も、俺も毎年、同じこと、願ってる」 「へ?」 「先輩が、来年もこうして笑っていられますようにって、毎年同じこと、願ってる」 うっわ、反則ですよ薫さん。 きっと2人して真っ赤な顔で見つめ合ってるんだろうな。 自分の顔は見えてないけど。 よかった、人通りのない公園で。 そうだ、久しぶりにテニス、見に行こうかな。 テニスっていうか、薫ちゃんを。 それじゃあ、手をつないで帰ろうか。 |