「そういえば名字と財前、帰る方向一緒やったよな?
財前、一応女子の名字送ってやりや」
ことの発端はこいつのこの言葉にあった。
「はっ?いやいや、一応女子の名字さんですけど、1人で帰れますから」
無理やって。財前と2人で帰るのとか無理やって。しゃべることないって。無理やって。
「名字、お前自分で一応とか言うてどないすんねん」
「お前が言うたんやろ、しばくぞ」
今日は、来週行われるテストに向けて、クラス何人かで居残り勉強していたのだ。
初めはふざけたり、しゃべったりしていたが、次第にみんな真面目に勉強に取り組み、気づけば外は薄暗くなっていた。
「なんや名字、俺と帰るん嫌なんか?」
な、なんて冷たい瞳!!
「嫌ちゃう、嫌ちゃうよ!けど迷惑かけちゃいますかねーっていうね」
めっちゃ嫌やけど。
「あっそ。早よ来なおいていくで」
「あぁ、待って!!」
あんな、別に財前のこと嫌いとかそんなんじゃないねん。
でもな、でもな、この沈黙はあかんやろ!!
2人で帰るとなったらさ、目に見えてたやん、この沈黙!!
最初はテストの範囲は広すぎるだの、英語の文法がわけ分からんだのとペラペラしゃべったさ。ああしゃべったさ。
でもこの男から返ってくるのは「ああ」とか「へえ」とか「そうなん」っていう相槌だけ。
あ、「アホやろ」っていうのも聞けた気がする。
いや、がんばった。がんばったで名前。お前はようがんばった。
友人に、某芸人よろしく「おしゃべりくそ野郎」とまで言われた私にこの沈黙は痛い。そして痛い。
あー財前との話題なんか無いよねー。無いよねー。
「おい」
必死に話題を探しているときだった。
「おい名字、さっさとしゃべれや」
「なんて理不尽な!」
財前はこっちを向いてくすくす笑う。
なんや、さっきまで無表情やったやん、こいつ。
それは、私が前を向き直したときだった。
「わかっとんねん、名字があんましゃべらん俺のこと得意じゃないことくらい」
そしてこの男は、不意に、さっきとは違った笑みで言ったのだった。
「ま、俺はお前の話聞くの、嫌いやないけどな」
あ、その笑顔、嫌いやない。