戦場に赴く。
そう思うだけで気分が昂ぶるのが判る。
指先が震えるのは恐れではない。
闘うのが楽しみで仕方なくて、震えが納まらない。
そんな自分の性が、恐ろしいのかも知れない。


「勇ましいな、猛毒の」

銀時計を軍服の胸に留めた。
ブーツの靴紐をきつく締め上げた。
黒いアイラインを濃く引いた。

「行くわ」
「楽しみだよ」
「何が?」
「ノイズが消える瞬間を心待ちにしていた」
「任せて。敵諸共一掃する」
「期待している」

今まで髪を纏めていたのは、ひっそりと生きたかったから。
目立たないように、髪を纏めていた。
でも纏める必要はもうない。
風になびく黒髪は近い将来、恐れの象徴になる。
より目立つ標的に、なれる。

「錬金術を?」
「使った方が良いかしらね」
「見たことがない者も多いし、な」
「手の内は見せたくないんだけど?」
「手の内を簡単に見せる貴公なら、私も楽だったよ」
「それもそうね」


ドアを開ければリザが控えていて。
何も言わずわたしに従って歩き出した。







「あなたが、エリック・ボマーね」

小狡い目付きの男だった。
セントラルを中心に暗躍してきた、爆弾魔。
多くの民衆の命を奪ってきた。

「ボマー、大人しく裁きを受けなさい」
「いやだね。誰が捕まるもんか」
「命が大切なら投降なさい」
「女風情に何が出来るって言うんだ?」
「見かけで判断すると痛い目を見るわよ」
「いや、騙されない。お前が俺に何を出来るんだ?」

卑屈な笑みが口元で歪んだ。
袋小路に追い詰めてみれば。
ポケットから出した起爆装置をちらつかせる。

「本当に、小者だわ」
「そういうお前は何者なんだよ」
「わたし?国軍大佐アマリア・バラッシュよ。二つ名は猛毒の錬金術師」
「も、猛毒?イシュヴァールの女皇、か」
「そうよ。殺されたくはないでしょう?」

野次馬は軍服を着た男ばかり。
軍人の迂闊さに眩暈がした。
その中に、ロイとヒューズを見付けた。

「バラッシュ大佐。撃ちますか?」
「引っ込んでなさい、リザ。もうカタがつくから」
「は?」

派手なことはしない。
手の内を明かすような間抜けではない。

「わたしを知った上で投降しないなら、手加減はしないわよ」

メスを5本取り出して、ボマーの足元に投げつける。
ボマーはたじろぎもせずに、それを見ていた。
軍服の下に隠した錬成陣に、掌で触れた。
錬成光が爆ぜる。
と、同時にエリック・ボマーが地面に崩れ落ちた。
野次馬たちが呆然と立ち尽くすのを尻目に、ボマーから起爆装置を取り上げた。


「リザ、捕縛して」
「え、はい、はい!」
「気絶してるだけだと思うけど、一応あとで診察に行くわ。留置場に放り込んでおいて頂戴」
「イエッサー」


したり顔のロイの後ろで、ヒューズが唖然とした顔でわたしを見ていた。


「嫌な顔ね」
「貴公の威力は相変わらずだな」
「おい、アマリア。何が起きたんだ?」
「ヒューズは見たことなかったかしら?」
「ああ」
「遠隔錬金術の応用でね。あのメスが楔になるの」
「錬成陣は?」
「わたしの両肩に彫ってあるわ」
「それで、何を?」
「ボマーの周りの空気をいじって、一酸化炭素をつくっただけよ」
「じゃあヤツは」
「ただの一酸化炭素中毒ね」
「そんな…」
「ヒューズ、猛毒にとってはこのぐらいの事は朝飯前だぞ」
「目立たないし良いでしょう。どっかの無能みたいに天候に左右される事もないもの」
「猛毒の。貴公の口の悪さはヒューズ譲りかね」
「どうかしら。別にあなたの事だとは言ってないわよ」


わたしの二つ名の猛毒は、毒物を使うからじゃない。
毒物だって錬成するけど、それが総てじゃない。
わたしには特化した技術がない。
節操なく、広い分野の錬金術を会得しているだけ。
その幅が広すぎて脅威だと、大総統は言った。



「毒はね、敵にも味方にも使用者本人にすら、容赦がないの」
「ああ」
「飼い主の意向一つで、使い道はまるで変わるわ」
「そうだな」
「だから、わたしが、猛毒なのよ」


野次馬の感嘆の声を聞き流して、ヒューズが「畜生」と呟いた。







不毛なのはお互い様




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