「鋼の、今日は大総統の訓示がある。練兵場に寄っていきたまえ」

たまたま中央司令部に顔を出してみれば、大佐は神妙な顔をしていた。
そんな大佐を見る機会は滅多にないから面白かったけど、司令部全体がざわついていて落ち着かない。



「皆、ご苦労」

正装の大総統が壇上から、正装した佐官以上の軍人たちを見下ろす。
大佐やヒューズ中佐と一緒に、俺は人波から外れた後方から、それをぼんやりと眺めていた。

「今日付けで中央司令部に配属になった、アマリア・バラッシュだ」

聞いたことのない名前。
名前からすると、きっと女の人なんだろう、と何気なく壇上を見遣る。
女らしい体型に黒くて長い髪。
プロポーションはまあまあだな、なんて。
制帽の影になって顔はよく見えなかった。

「中央司令部の者なら見知っているだろうが。これからは軍属医師ではなく、職業軍人として勤務してもらうことになった」

制帽を外して大総統に跪づく、その姿に目を疑った。

「軍医監の地位を剥奪し、シオ・リィを退役。新たにアマリア・バラッシュとして軍に加わるものとする。地位は、国家錬金術師としての功績を考慮し、大佐に任命する」
「慎んで拝命致します」
「国家錬金術師としての責務を忘れず、国の礎となるべくしっかり励むように」
「お言葉、胸に刻みます」

群衆から拍手と歓声が起こったけど。
大佐とヒューズ中佐は、何も言わずに壇上のシオさんを睨みつけている。
軍服を着たシオさんは、そんな視線なんか無視して、不敵にあでやかに微笑んでいた。




「どういうことだよ」
「なにが?」
「シオさんが、大佐?」
「ああ」
「で、国家錬金術師?」
「ああ」
「アマリア・バラッシュって誰だよ!?」
「人間兵器で、軍の狗だ」
「それだけか?」
「私とヒューズの、盟友だ」
「それって…」

大佐は平気そうな顔をしている。
なのに、俺の問い掛けに答える度に、声が微かに震えていた。
大佐は確かに、怒っているんだ。


「ロイ、そんな顔しないで」
「シオ」

口許に微笑みをたたえながら近付いてくるシオさんは、俺がよく知っているはずのシオさんではなかった。

「ロイ、ごめんなさい」
「もう私の忠告なんか聞いてもくれないのだろう」
「そうね。もう決めたもの」

白衣を着ていない。
黒い髪を纏めていない。
軍服を着崩していない。
柔らかく笑っていない。

「シオ、さん」
「いたの、エド」
「俺、俺、わかんねえよ」
「うん」
「だってシオさんはシオさんだろ?」
「そうよ」
「アマリアって誰だよ」
「わたしよ」
「だって…」
「シオもアマリアも、わたしの名前。親から貰った大切な名前よ」
「シオさんは軍医だろ?国家錬金術師だなんて、そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「ごめんね。ずっと前から国家錬金術師だったの。でも、嫌でね。ひとの命を救う医者になりたくて、大総統に無理を言ったわ」
「…なんて?」
「国家錬金術師のアマリアじゃなく、医者のシオとして生きる道をくれ、って。本当はね、軍とは無縁の場所でひっそり生きたかったのよ」
「でもシオさんは軍医だったよな」
「そう。大総統は医者になっても良いって言ってくれたわ。国家錬金術師であることも秘匿して、シオという生き方をくれた。でもね、秘匿はしてくれても、わたしの首に嵌まっていた首輪は、外してくれなかった」

もし本当にシオさんが国家錬金術師に値する錬金術師なら、軍は決して手放さないだろう。
シオさんはそれを承知で無理を通したのだと、笑っている。

「シオさん。シオさんの、二つ名は?」

優しい雰囲気を纏っているひとだった。
触れると心まで暖かくなるような、穏やかなひとだった。
触ると切れそうなほど、張り詰めた雰囲気を纏うひとではなかった。
切れ長の黒い瞳の奥に、冷たい光りなんて、ないひとだった。

「猛毒。エド、わたしはね。猛毒の錬金術師、アマリア・バラッシュ。地位は国軍大佐よ」

ポケットから指先で摘み上げて見せてくれた銀時計が、鈍く光っていた。


「これで役者は揃ったな。バラッシュ大佐」

自嘲気味に笑う大佐に、シオさんは唇の端をつりあげて笑い返した。

「だって、これがあなたの望みだもの」



俺には意味が判らない。






強制参加の舞台裏




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