「相変わらず辛気臭い所に巣喰っているんだな、シオ・リィ軍医監」
「あら。きな臭い所にいらっしゃるよりはマシではないかしら、ロイ・マスタング大佐」
感動の再会なんて、求めてもいなかった。
「白衣がすっかり板についたものだな」
「あなたこそ、すっかり偉そうな顔になったわ」
「事実、偉いのだから仕方あるまいよ」
「地位と権力に溺れると末路が哀れだわ、お気をつけなさいな」
開口一番、厭味の応酬が続くのを、ヒューズが顔を歪めて笑って見ていた。
それでいい。
抱き合って慰め合うような、そんな甘い関係じゃない。
軽口を叩いて、深入りをしない風を装う。そんな情けない態度しか取れないけど、それはそれでわたしたちらしいと思える。
「リザが気の毒だわ」
「何を言う。私の下で働ける部下は幸せ者だよ」
「せいぜい驕っていると良いわ。足元掬われて無様な姿を晒すのを楽しみに待ってるわ」
「そんな日は来ないさ、そうだろう?」
後付けの横柄な態度と口調。
幼く見える自分を必死で演出しているのが、なんだか哀しくて可笑しい。
「そうかしら。未来を楽観するなんて、あなたらしくないんじゃない?」
「あれから随分と月日が流れたからね。私だって変わるさ」
「長い月日だった気もするけど、あっという間だったわ」
「君の髪も伸びた様だしな」
「女の変化にも気付けるようになったみたいね」
「ほう。君も女だったのかね」
「わたしは今も昔も女よ」
「それは失礼」
上っ面だけの会話が空を滑っている。
見つめ合うより、睨み合って対峙した。
仁王立ちに腕組みして、真っ正面からロイを見据える。
揺らがない、強い眼。
「あなたってひとは、変わらないわね」
「そうかね」
「ええ、何も変わらないわ。ようこそ、セントラルへ」
「ヒューズ、いつからリィはこんな厭味の上手い女になったんだ?」
「さあ、俺に振るなよ」
ヒューズが目許を緩ませて、ロイがわざとらしく溜め息を吐いて、わたしが仕方ないと肩を竦める。
それだけで良かった。
関係性は何も変わっていなくて、時間の流れなど無かったような錯覚さえ味わえる。
それが意味のない事でも、嬉しかった。
「ロイがここで生きるなら、わたしも覚悟を決めなきゃいけないわね」
「覚悟?」
「そう。白衣を脱ぐ、覚悟」
「それでは…」
「シオ・リィという名前と、軍医監の地位を返上して、軍人として前線に復帰する。あなたひとりに業を背負わせるわけにはいかないから」
中央司令部の奥まった暗がりで、安穏として暮らす日々も悪くはなかった。
ただの医学者として生きられたら良いとも思っていた。
軍属でありながら、軍人ではない自分が好きだった。
出来れば、ずっとこんな毎日を送って自然に老いて逝きたかった。
甘い、叶わない夢だったのだろう。
「シオ、それで良いのか」
「構わないわ。大総統閣下に頭を下げて、軍人としての地位を取り戻してやる」
「今のままで良いだろう。何も茨の道に戻る事はないんだぞ」
ヒューズの口調が厳しい。
それなのに、わたしを見るヒューズの眼は労りに満ちていた。
「わたしの歩く道はわたしが決めるわ。でも勘違いしないで。ロイの為じゃないわ。わたしの護りたいものの為に、わたしは軍人に戻るのよ」
そう。
わたしが護りたいのは、ロイが創る未来。
その為に、わたしは存在するのだから。
「ロイ、復帰早々悪いけど、大総統閣下に奏上してくれるかしら?」
「なんと?」
「アマリア・バラッシュとして謁見を求める、と」
「シオ…」
「もうね、決めたの。シオじゃない、アマリアとしてまた生きるって」
ロイは口許を引き締めた硬い表情で、深く頷いた。
「本気なら止められやしまいよ」
前髪を掻き上げて、ロイは目を伏せた。
回れ右禁止