「ロイが?」
「ああ、中央に異動になるそうだ」
「、そう」

朝一番に刷り上がった、出来立てほやほやの人事部の書類をヒューズがわたしの前に突き付ける。
その顔はなんだか複雑そうに歪んでいて、手放しに喜んでいるようには見えなかった。

「ヒューズは嬉しくないの?」
「いや、嬉しいさ」
「でも眉間にシワ寄ってるわ」

いつの間にか軍医監室の片隅に置かれていた、ヒューズのマグカップ。
ごく当然な顔をして、わたしがポットに淹れておいた紅茶を注いで。
ついでにわたしのマグカップにも注いで渡してくれる。

「シオは大丈夫なのか?」
「え?」
「ずっとほっとかれてたのに、良いのか?」
「ああ、そのこと」
「シオ」
「大丈夫よ。特別な約束をしてたわけじゃないもの。ほっとかれてたって怒る権利すら、わたしにはないのよ」
「それって」

イシュヴァールの後、幼かったわたしに、なにくれとなく世話を焼いてくれたのがロイだった。
ロイに恋をしたのは自然な成り行きで、ロイがわたしに特別な感情を抱いていることにも気付いた。
けれどわたしは軍医として中央に留まる選択肢しかなくて、ロイには東部勤務しか選択肢がなくて。
気持ちの確認すらしないままだった。
約束のひとつも出来ず仕舞いで、わたしはなんでもないような顔をして汽車に乗り込むロイを見送った。

「ヒューズ。わたしはね、変わらない気持ちなんてないと思ってる」
「え…」
「だから、離れ離れになるのに、口約束でロイを縛りつけることなんて、出来ないわ」
「じゃあ、もしかして」
「そう。好きとも言えないままよ。だからね、もうロイの好きなひとがわたしじゃなくても、責められないのよ」
「けど、ロイを待ってたんだろ?」
「待ってたわ。ロイを超えるひとは誰ひとりいなかったもの」
「それは、男冥利に尽きるよ」
「ロイには重いだけかも知れないけど」
「それでも、嬉しいもんだよ」

ヒューズはいつだって、わたしに甘い。
わたしの心をとろとろに甘やかすのが上手いけれど、それは恋じゃない。
エリシアに対する態度と何も変わらない、それはそれで愛だけれどグレイシアには勝てないし勝とうとも思わない。
きっと、暖かなヒューズの傍が心地好かっただけで、飢えていた温もりや家庭の匂いに焦がれただけのこと。
だから、ヒューズには恋心を抱くことはなかった。
あまりにも、わたしとヒューズの気質は掛け離れ過ぎていて、焦がれるだけで息切れがしてしまうくらいヒューズは眩しいから。

「あのね、ヒューズ」
「ん?」
「本当は自分の気持ちも信じてなかったのよ」
「ああ」
「こんなに長い間、ロイを好きでいられるなんて思ってもみなかったわ」
「意外か?」
「そうね。まだわたしにも人間らしい感情が残ってたことにびっくりしてるとこよ」
「きっとロイも同じだろうよ」


ロイが来るのが楽しみになってきた、とヒューズが意地悪く笑った。






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