「シオさん」
「エド?」
「怪我したから治して」
「擦り傷程度でわたしに治せ、なんて言うのエドだけよ」

仕方ないなぁと笑う、白衣を着たあなたが好きだから。
なんてことない掠り傷だって、訪ねる理由に使ってしまう。
中央司令部に来る度に、建物の奥深い医務室のそのまた奥のドアを開けてしまう。

中央司令部、シオ・リィ軍医監。
数多所属する軍医たちを纏めて束ねる、インテリ集団のナンバー2。
大佐相当官の地位を持ちながら白衣の天使と名高い、優しい手の持ち主で。
俺の好きなひと。

「リィ軍医監殿、頼むって」
「ほんとにもう。エドぐらいよ、軍医監室に気軽に入って来られるのは」

文句を言いながらも消毒液を白い綿に含ませて、ピンセットで摘み上げて俺の頬に押し付ける。血も出ていないのに、絆創膏まで貼ってくれて。
優しい指先に泣きたくなる。

「ああ、違うか。もう一人いたわ、ここを休憩室代わりに使う大馬鹿者が」
「え?ああ。ヒューズ中佐か」
「そうよ。あいつなんか、毎日ここに来てエリシアとグレイシアの惚気を聴かせてくれるのよ」
「なんか、想像着く」
「でしょ?有り難くって頭が痛いわ」

コンコルドで纏められた黒い滑らかな髪。
見慣れた軍服の上に軽く羽織るしわくちゃな白衣。
白い指先は無造作に白衣のポケットに突っ込んだまま。
妙齢の女性とは思えないくらいさばけてて化粧っ気もなくて、でも決して男勝りなひとでもなくて。
大佐相当官と言いながらも、軍人には見えない柔らかな雰囲気を持っていて。
メスを持ってるとこならいざ知らず、サーベルや銃を構えている姿なんか想像もつかないくらい。
優しい笑みをくれるひと、なんだ。

「そういえば」
「うん?」
「ロイは元気?」

だから、その優しい笑みを陰らせる奴を俺は許せない。

「元気だよ」
「そう。なら良いわ」
「連絡、ないの?」
「ないわよ。時々仕事のついでに顔見せに来るくらい」
「そんな奴、やめちゃえよ」
「そうねぇ。そうしようかしら」

そうじゃないんだ。
そんなふうに寂しく笑わないで。
俺はあなたの幸せを望むだけで、俺のものになって欲しいなんて、とてもじゃないけど言えないから。

「どうして、大佐なんだよ?」
「さあ、ね。もう忘れたわ、そんな昔のこと」

大佐を好きなシオさんが好きだなんて。
口が裂けても言いたくないから。

「大佐に会ったら言っとくよ。シオさん、また綺麗になってたって」
「無駄よ。どうせ泡食ってもくれないんだから」
「じゃあ、俺がシオさん貰うって、言っとく」
「あはは。ケツ捲って逃げ出すかも」

今は冗談で良い。
本気になんて、して貰えなくて構わない。
本気は秘めるものだと、ガキなりに知っているから。
静かな警鐘が俺の気持ちにブレーキをかけているから。
今は、もう少し、このまま。




クワイエットサイレン




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