羨望的な接吻をひとつ




「今日も愛妻弁当?」
「ええ。今日はタケノコご飯なの」
「良い奥さんで羨ましいわ」
「でしょう?世界一の男だもの」
「聞いてる方が照れちゃうわね」

結婚してからは、昼食に外食するのをやめた。
銀時が作ってくれるお弁当を、オフィスで摂るのが日課になった。
保温ランチボックスに、あったかいご飯と味噌汁と焙じ茶。同僚とランチに出掛ける事はなくなったけど、そんなのものに未練はない。
冷凍食品を使わない100%手作りのランチが、どれだけ贅沢なものなのかを知っているし。
大体、銀時のご飯より美味しいものなんかない。
お新香の印籠漬けまで手作りだと言ったら、年配の上司に羨ましがられるくらい。
空になったランチボックスを渡すと、銀時は嬉しそうに口元を上げて笑う。

お前が食べてくれるのが嬉しいんだよ、なんて。

「良い嫁持ったもんだわ」

ぽつりと呟いた言葉の向こうで、銀時が『当然だ』って微笑んだ気がした。




退社は6時。そこから電車に揺られて最寄りの駅まで辿り着けば、銀時が迎えに来てくれる。愛車はブルーのクレパルディ アレマーノ 750MM。
銀時の嫁入り道具はこのアレマーノだけ。銀時が手塩にかけて手なづけた、じゃじゃ馬な愛車。


「おかえり」
「今日もありがとう」
「いやいや」
「来月から昇給するみたいよ」
「すげェじゃねェか」
「上がった分は銀時が使って良いよ」
「じゃあ貯金な」
「夢がないよ」
「主夫は堅実な生き物なんだよ」

乱暴にブレーキを踏んだりしない。
横断歩道を渡るおばあちゃんに、クラクションを浴びせるなんて暴挙は絶対しない。
加速する時は必ずギアを上げる。柔らかく繋がれるクラッチの、優しさが堪らない。


「今日も玲子さんにお弁当羨ましがられたよ」
「当然だろ。命懸けてるもんよ」
「あのタケノコご飯どうやって作るの?」
「秘伝の出汁が決め手だけど、花夜には教えねェ」
「けち」
「主夫の裏舞台を知りたがるもんじゃないですよ、旦那サマ」
「はぁい」

駅から徒歩15分の郊外にあるマンションは、銀時との結婚に合わせて購入したものだ。
言ってみれば、わたしの嫁入り道具。
3LDK新築。銀時が友人が呼ぶから、南向きの広いリビングに大きなちゃぶ台。
客間には雑魚寝が出来るように沢山の布団が収納されている。週に2回は銀時が干しているから、いつだってふかふか。


「晩飯は石狩鍋だぞ」
「わ、豪華」
「辰馬が鮭持って来たんだよ」
「じゃあ」
「宴会になりそうだな」
「顔が嫌がってないよ」
「花夜は飲み過ぎないようにな」
「やっぱ、けち」
「介抱する身にもなって下さいよ」
「楽しいんだから良いじゃない」

銀時が繋ぐクラッチが、甘い。
あなたがいなければ生きていけない、なんて。
銀時の存在はどこまでも甘くて、くせになる。
ふかふかのベッドと美味しいご飯と優しい指先。

「羨ましい、って思われるのって、凄い事なのね」
「俺と花夜なら当たり前だって」

なんて事なく微笑む銀時の運転する横顔に、口づけをひとつ。












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