出会う





「響野こったい、絵師さんがお見えどすけど。どないしはります?」
「わての座敷にお通ししておくれやす」



今人気の絵師に描かれる事は、女ぶりが良い事の証だ。
取り分け、島原一の人気を誇る響野太夫を描きたがる絵師は多い。
今日訪れる絵師もまた、その一人であった。





「邪魔をする」
「お待ちしておりました。よろしゅうお頼申します」

一分の隙もなく重ねた裲の裾から細い指を覗かせて、手を付く。
禿に連れられて来た絵師の方を見上げてみれば、がっしりと筋肉質な胸が着物の合わせから見える。

「なんや大きいんどすなぁ。なんぞしたはるんどすか?」
「ああ、まあ。それなりにな」
「いけずやなぁ。わてが聞いて答えてくれへん男さんなんて、いてしまへんえ」
「じゃあ俺が太夫の初めての男だ」

悪びれず豪胆に笑うその男に、響野太夫は好感を持った。
大概の絵師は響野太夫の美しさの前に平伏し、所在無さ気にするものだ。
しかし、この絵師は違う。響野太夫に媚びへつらう様子もない。
それどころか多くの男を座敷で見て来た筈の響野太夫でも、思わず面食らう程の威圧感を持っている。
一角の大名にだって、こんな威圧感を持った男はいない。
太夫上がりの祝いに逢状をかけてくれたみかどだって、瓜実顔の柔和なひとだった。


「確かに初めてのひとでおす」
「そうか」
「わてのお客筋にも、あんたさんみたいなひとはいてまへん」
「俺が珍しいか」
「へえ。どないなひとやろて、なんや色々知りたなりました」
「取り立てて変わったところのない、普通の絵師だが」

話しながら絵筆を動かす腕も、筋肉質で逞しい。

「普通の絵師さんには剣ダコはあらしまへんやろ。それもえらい修業を積んではるひとや。違いますか」
「流石に太夫には判るか。確かに剣術を嗜んではいるが、今は絵師が本業だ」
「そうどすか。そないに言わはるなら、そないな事にしてあげましょ」


どこからどう見ても、ただの絵師には見えない。が、真実を知る事を躊躇う響野太夫は訊けずにいた。
知ればきっと、もっと知りたくなる。




「お名前、伺うてまへんけど。なんてお呼びしたらよろしおすか」
「絵師としての名前は春斉と言う」
「ほな、本当の名ァがある言う事どすなァ」
「あんた、揚げ足取りが上手いな」
「伊達や酔狂で太夫張ってるわけやあらしまへん」
「そうか、それもそうだな」
「本当の名ァを教えておくれやす」
「あんたになら、良いかも知れんが。他言無用に願う」
「へえ、寝言にだって言わしまへん」
「比古だ。比古清十郎」
「清十郎はん、どすな。ほな、二人きりの時だけは清はんと呼ばせて頂いても、よおおすか」
「構わない」


毎日座敷に上がってはいるが。
太夫と名乗ってこそいるが。
それでもまだ、十八の世間知らずの娘。
知らない世界がある事が、面白くて堪らない年頃だ。


「なァ、清はんは江戸に行かはった事がありますか」
「いや、無い」
「そうどすか」
「江戸に何かあるのか」
「誰にも言うたらあかんのやけどな、わての生まれは江戸なんどす」


島原傾城の過去を口にする事は、禁忌とされている。建前上は、皆京生まれの京育ちという事になっているからだ。


「俺にそんな事言っても良いのか」
「かましまへん。聞いて欲しくて言うた事ですよってに」
「江戸が恋しいか」
「時々夢に見ますけど、恋しいて思た事はおへん」
「俺には故郷がない」
「へえ」
「家族はいるのか」
「いまへん。三つの時に棄てられましてん」
「そらァ、苦労しただろう」
「人買いに売られたわけやなし、案外清々したもんどす。そやけどなァ、清はん。どこにもわてを待ってるひとがおらへん言うのんは、辛うおす」
「俺がいるじゃねぇか」
「へえ」
「俺があんたを待っててやる」
「お座敷でもないのに、ようお口が回りますなァ」
「俺は本気だ」
「ほな、そういう事にしておきます」





一区切りついたのか、絵筆を仕舞った。



「来週また来る」



それだけを言い残して、去って行った。









「清はんになら、わての本当の名ァを呼ばれてもええなァ」


残り香の墨の薫りに想いを馳せて。
裲の両袖で、響野は己の身体を抱きしめた。











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