True






雨が良く降る。
こんな分厚い雨雲じゃあ、きっと今日は止まないのだろう。
雨に足止めを喰らい、昨日から宿の外へは一歩も出ていない。





湿度も温度も上昇の一途を辿る、この狭い部屋の中であたしは一人窓際で雨を見詰めるだけ。








「おい、ネクラ」

「それあたしの事?」

「他に誰がいる?」

「や、クロスとか」

「お前の師匠がネクラで構わんのなら、そう思っていると良い」

「ごめんなさい、あたしが悪かった」









クロスを言い負かす秘策があるのなら、教えて欲しいものだ。











「ずっと雨を見ていて、陰鬱な気分にならんのか?」

「もう、なってる」

「これだからお前は馬鹿なんだ」

「判ってるから、黙ってよ」














雨が好きなんじゃない。
寧ろ嫌いなくらい。
だけど目を離せないのは、どうしてなんだろう。

特別な事象に目を奪われたのではなく。
ごく平凡に、地面に滴る雫達。






もしかしたら期待しているのかも、知れない。
あたしの心を晴れやかにしてくれるほどの、快晴が突然訪れる事を。

一瞬の間にこの雲達が姿を消したら、あたしはどんなにか幸せな気分に浸れるだろうか。













「おい、フィガロ」

「邪魔しないでってば」

「雨に何を期待している?」

「雨に、期待?そんなの何もないよ」

「本当にそう言えるか?」












クロスの目が嫌いだ。
あたしの心を射貫くように、鋭く輝る。
いつもは無関心を気取るその目が、実は誰よりも事象の底をえぐりながら見据えている事に、あたしは気付いている。

ただ純朴で凡庸なだけが取り柄の、平和な娘でいられたのなら。
きっとあの目を怖れず、無遠慮に無邪気に、クロスの隣にいられた筈。











何も知らずに過ごす事が罪だとするならば。
知らなくて良い事まで知ってしまうのは、罰たり得るだろうか。



そんな謎掛けめいた自問まで、沸き上がる。






クロスが云う所の、詰まらない女で在りたかった。
言葉の外で、その重みを量る賢い女になんてなりたくもなかった。

己を賢いと過大評価し、自己顕示に酔い痴れるつもりは毛頭なく。

クロスの傍を歩くに能いする女で在る以上は、クロスが認める女になってしまったのだと自嘲するのみだ。









これであたしは、二度とクロスと対等の立場にはいられない。
女としてクロスに向かう以上、彼はあたしの心に絶対的な存在として居座るのだから。




貴方無しでは生きていけない。




そんな生温い台詞すら、自分の心情に相応しいと思えるのは、クロスを男として認識したからだ。
あたしは、クロスと同じ目線に立ちたかっただけだ。



彼の性欲を受け入れる為に、ここまで来たんじゃない。








「この雲が退いて、鮮やかな青空に包まれたら。今のあたしは、悪い夢の成れの果てだと思えるかも知れない」

「浅はかな幻想を、雨如きに求めるのか」

「ううん、現実逃避」

「そうだな」

「だけどクロス、あたしはクロスの傀儡なんかじゃないよ」

「知っている」

「なら、どうして」










あたしを人形の様に扱うの?



手足をもがれた愛玩人形と同じ様に、いつかは棄てられてあたしもあの雨に打たれるの?












とめどない錯乱は、言葉を生まずクロスの団服を必死で掴んだ。










「フィガロ、雨が上がるぞ」








見上げた先には、僅かに覗く青い空。









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