EMMA






「クロスってさ、なんでそんなにあちこち愛人いるの?」

「あん?俺の求心力が強いからだろうが」







ただ、一緒の空間にいるだけ。
クロスはいつも通り、お酒を水代わりに呑んでいて。

あたしはそんなクロスを無視して、新聞を読んでる。

いつもなら会話もないのに、つい思った事を口に出してしまった。






「ね、今日は誰の家泊まるの?」

「てめえ、俺をなんだと思ってやがる」

「そのまんま、性欲のカタマリ?」

「ほう」









クロスは愛人の存在を、あたしに隠さない。

隠す価値も、理由すらも、あたしには無いとでも云う様に。
あまりに堂々としていて、不潔だとすら感じない。

それがごく当たり前の事のようだけど、社会通念を重ねてみれば。
クロスは非道徳的で不実な男なんだろう。






一人の女に執着した、誠実なクロスなんか見たくもないけど。








「今日の夜から宿引き払って、女の家に泊まる、フィガロも来い」

「あたしは良い、一人でいる」

「宿賃ねえのに、どうやって一人でいるつもりなんだ、このマヌケ」

「一晩くらい野宿で良いよ」






幸い季節は夏。
凍死する心配もないし、盗られるような貴重品も持っていないから、一晩くらいなら路上生活者にもなれる。


誰が望んで、師匠の情事の相手に会わなければいけないのだろうか。




あたしには路上で寝る事より、辛い事に感じた。












「ちっ、フィガロ。来い」










結局あたしは、二人分の荷物を背負わされて。
宿を引き払ってクロスに責っ付かれながら、歩く事20分。



貴族が軒を連ねる、貴族通りの一角に立派な門構えの屋敷を訪ねた。
クロスは慣れているのか、裏門から中庭に入り込んでしまう。



仕方なく重い荷物を引きずって、その後ろに続いた。










「クロス様」









母屋から出て来たのは、髪を高く結い上げたドレス姿の女性。
そんなに若くはないけど、クロスの愛人だと納得出来るくらいには、綺麗な人だった。










「あら、そちらは?」

彼女があたしを、まるで汚いものでも見るかの様に眉をひそめた。

「弟子だ、屋根裏で構わない」

クロスがフォローするなんて、期待もしてない。
クロスの愛人が、あたしを敵視したとしても、それは仕方ない事だとすら思う。

「どうも、弟子のフィガロです」

「初めまして。クロス様の言い付け通り、屋根裏に毛布を運んで差し上げるわ」

「それはどうも」







にこやかな表情と裏腹に、声が冷たい。

クロスの愛人としては、失格だ。
惚れた男の性分くらい、しっかり把握して欲しい。
クロスの愛人になるって事は、その場凌ぎの存在として利用されるって事。

利用価値が無い女には、近寄りもしないし。
利用価値がある女ですら、人間として認識していない。


唯我独尊、そして天衣無縫。


誰よりも人を騙すのが、巧いだけの男だ。

大体、あたしはただの弟子。
嫉妬される道理もない。
良い迷惑だけど、こんな状況下に馴れ切ったあたしは、余裕で愛人の値踏みが出来る。









このひとは、クロスの愛人たる適性を持っていない。
クロスの愛人なら、何も知らずに騙されて笑うか。
さもなくば、騙されている事を知って、尚も笑うか。


とどのつまり、それしか選択肢は与えられていないのだから。






それが出来なければ、クロスの傍に『女』としてはいられない。














「おい、フィガロ」

「え、クロス?」





埃っぽい屋根裏部屋の片隅で、毛布を重ねて作った寝床に落ち着いた頃。

鍵がかかるドアなんかじゃなくて、誰でも入って来られるけど。
せめてノックくらいは、して欲しかった。
自分ですらたまに忘れるけど、あたしだって一応女だ。










「どうしたの?」

「俺もここで寝る」

「愛人サンとふかふかベッドは?」

「うるせぇから黙らせて来た」





彼女を黙らせた方法を、あたしは一生聞き糺せないだろう。
絶対、ろくな事はしていない、コイツ。










「ここ埃っぽいよ、汚いとこ嫌いでしょ」

「嫌いだがな、あの女と寝るよりはずっとマシだ」

「ふうん」













クロスの突拍子もない行動も、いい加減パターンが読めて来た。


大方、自分だけを見ろとでも泣き付かれたのだろう。

そんなの無意味以前に逆効果だと、気付けないのに何故クロスの愛人を名乗るのか。


あたしには女の心理が、理解出来ない。
悲劇のヒロインを気取る事が、女の真理だとするならば。
あたしは生涯、理解せずに終わったって構いはしない。
そう云う種族の女は、クロスの傍で腐る程見て来た。











「お前は俺に何も聞かねえな」

「聞いたら答えてくれる?」

「は、糞喰らえだ」

「労力の無駄、でしょ」

「流石、俺の弟子だ」

「人生勉強くらいしか、クロスの許で学べる事ないもん」

「言うじゃねぇか、馬鹿弟子」















いつもより少し声が、柔らかかった。

お酒を呑んでいないクロスと話すのも、もしかしたら久しぶりかも知れない。










「おい、寝るぞ」

「それあたしの毛布だよ」

「ちっ、来い」

「なんかさ、暑苦しいよ」











茹だる程暑い、夏の最中に師匠に抱きしめられてあたしは寝るしかないみたいだ。

新手の弟子虐めかと思えば、そうでもなく。
クロスは眉間に皺寄せたまま、寝息を立て始めた。













「ま、いっか」














愛人に勝てて嬉しいなんて、寝言にも言わないけど。
階下の豪奢な部屋を思い出して、そっと呟く。










「ザマを見ろ」と。









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