わたしの隣の席で、達海くんが眠っている。数学の先生の声を子守唄代わりに、スヤスヤと。
試合中の表情からは想像出来ないくらい、子供っぽい顔で眠っている。
試合も良いけど。こんな日常が1番好き。
厳しい顔をしている達海くんも好き。
だけど、わたしの隣で穏やかな顔をしている達海くんが、何よりも好き。
「達海ィ、起きろ」
丸めた教科書で頭をばしんと叩かれて、やっと達海くんは目を覚ます。
「あーおはよ、せんせ」
へらっと笑う間の抜けた顔が、可愛い。
先生は眉間に皺をいっぱい寄せて、黒板の問題を解くように言った。
「これ、東大級の問題じゃないの」
ぶつくさ言いながら、くせっ毛を大きな掌で掻き上げる。
文句を言うくせに、不敵な微笑みを浮かべてチョークを握った。
コツコツとチョークが黒板を擦る音がする。左手はポケット。
少し肩を竦めながら、黒板を見上げてる。
書き終わった、と思った時には達海くんはわたしの隣に戻り始めていた。
確かめもしない。
「まあ、多分だけど合ってると思うよ」
引き攣った表情の先生が、赤い丸を答案のところに描いた。
「達海、数学だけは出来るんだな」
なんて、厭味を言われて。
「やだなー、フットボールも出来るよ」
減らず口を叩いて微笑んだ、と同時に授業終了のベルが鳴る。
先生は悔しそうに達海くんを睨みつけてから、退室した。
「達海くん、凄かったよ」
「あんなの簡単だろー」
「達海くんの努力の賜物じゃないの?」
「努力、ねぇ。あんましてないなー」
「あのね、そんな達海くんにお願いが、あるんだけど」
恐る恐る、達海くんの顔を見上げる。
「んー?」
達海くんはいつもとおんなじ。
「数学、教えてくれないかな」
わたしの数学に於ける成績は、散々なものだ。
何故か数学だけは、追試居残り赤点の常連で先生にも見放されてしまった。他の教科くらい数学も点数を取れていたら、学年ランクの上位に食い込む事だって夢じゃない。
なんて、少しの本音と沢山の口実。
ほんとは少しでも達海くんといたいだけ。
「じゃあさ、今日ウチ来いよ」
「え」
「SHR終わったら、ウチに連行するから」
覚悟しとけよ、って達海くんの顔がわたしのくちびるの3センチ手前まで近寄って来て、笑った。
(マックで良かったのに)3センチ